エンタメ

「監督・北野武」その男、鬼才につき(5) 津田寛治を素人から抜擢した「アドリブ撮影」の感性

「明日、何を撮影するかは監督にしかわからない」

 北野映画では、色のついていない無名の俳優を起用することが多く見受けられる。いち素人から抜擢され、俳優として花開いた津田寛治は最たる例だ。北野監督のキャスティングに関する独特の感性は、撮影現場での斬新な進行方法にも反映されている。

「あんちゃん、久しぶり」

 90年、役者を目指していた津田寛治は、都内の録音スタジオ内にある喫茶店でウエーターをやっていた。

 経営者夫人から、この店に北野武監督が訪れると知らされる。津田にとって、北野監督は憧れだった。

「北野監督の『その男、凶暴につき』(89年、松竹富士)、『3‐4×10月』(90年、松竹)、この2本にグッときましたね。とにかく出ているのは、無名な俳優さんばかりだけど、今まで見たこともないリアルな演技をしていた。なぜ無名の俳優がこんなにもキラキラと輝くのか? 出られなくてもいい、どういうふうに作っているのか、現場だけでも見たい。そんな気持ちがすごくあったんです」

 経営者夫人の言葉を聞いてから、津田はプロフィールを用意し、北野監督が来店するのをひたすら待った。

 喫茶店は、スタジオの1階にあったが、隅っこのほうには黒いリュックを背負った、猫背で、コーヒー一杯だけで延々と居座る若者たちがよくいたという。

 彼らは北野監督が1階に下りてくるのを見ると、ババーッと駆け寄った。

 若者たちが「殿、弟子にしてください!」と滑り込んで、土下座状態で「たけし軍団」入りを志願する様子を何度か目撃するようになった津田だが、自身も北野監督に接触する瞬間を探っていたのだ。

 ある日、「あの夏、いちばん静かな海。」(91年、東宝)の編集でスタジオを訪れた北野監督が喫茶店に現れた。

 とはいえ、関係者に囲まれた監督にはなかなか近づけない。津田は、北野監督がトイレに立つ瞬間を狙っていた。

 そして、ついに憧れの監督にこう話しかけたのである。

「ウエーターという立場上、どう考えても反則ですけど、こうするしかなかったんです。役者じゃなくてもいい、録音の助手の助手ぐらいでもいいので、現場に何とか入れませんでしょうか」北野監督は津田の顔を見ながら、「ハイ、ハイ」とうなずき、渡されたプロフィールを畳んで内ポケットに収めた。たったそれだけの接触なのに、津田は感極まったという。「僕はめまいがするぐらい感動しまして、これは北野組に入れなくてもいいや、この思い出を支えに俳優を目指していける、と思いましたね」

 それから約1年が過ぎ、北野監督は「ソナチネ」(93年、松竹)を撮ることになる。

 クランクインの前日、監督はスタッフを連れて喫茶店に姿を現すと、「お~あんちゃん、久しぶり。元気だった?」

 と津田に声をかけてきた。

「覚えててくれたんですよ。編集の仕上げが終わったら、監督は次の作品が始まるまでは、編集スタジオに来ないんです。だから、あの日以来、1年ぶりだったんですけど、顔を覚えられていたから、北野組入りへの階段を1段上ったかな、と思いました」

 ところが次の瞬間、経営者夫人が、津田を押しのけて、たけしに詰め寄った。「たけしさん、ひどいじゃないですか!

 うちの子はこの1年、たけしさんがオーディションぐらい呼んでくれるんじゃないかって、ずっと待ってたんです。明日、クランクインなんてどうなってるんですか!」

 えらい剣幕で、北野監督を叱りつけている。

「北野組入りの階段を1段上ったつもりが、ズルッと滑り落ちた心境でしたね」

 北野監督はバツが悪そうに、スタッフが座るテーブルに戻って行った。

 津田は全てが終わったと落胆し、厨房でひたすら皿を洗うしかなかった。

 数分後、背を向けて座っていたたけしが突然振り返り、津田を席に呼んだという。そしてスタッフの前でいきなり、津田をこう紹介した。

「このあんちゃんが喫茶店でウエーターやってるんだよ。ウエーターなのにとんでもない格好して、パンクな髪型してんの。そこで俺が、『ウエーターならウエーターらしい格好して働け!』って怒ると、あんちゃんのアップで、『すみません』と謝る。このシーン増やすから」

 まったくの素人を抜擢するという北野監督の行動に、周りのスタッフはしばらくアゼンとしていたという。しかしこれが、そののちに数々のドラマや映画に出演し、映画「模倣犯」でブルーリボン賞助演男優賞を受賞するなど、個性派俳優としての地位を確立した、役者・津田寛治誕生の瞬間だった。

カテゴリー: エンタメ   タグ: , ,   この投稿のパーマリンク

SPECIAL

アサ芸チョイス:

    ゲームのアイテムが現実になった!? 疲労と戦うガチなビジネスマンの救世主「バイオエリクサーV3」とは?

    Sponsored

    「働き方改革」という言葉もだいぶ浸透してきた昨今だが、人手不足は一向に解消されないのが現状だ。若手をはじめ現役世代のビジネスパーソンの疲労は溜まる一方。事実、「日本の疲労状況」に関する全国10万人規模の調査では、2017年に37.4%だった…

    カテゴリー: 特集|タグ: , , , |

    藤井聡太の年間獲得賞金「1憶8000万円」は安すぎる?チェス世界チャンピオンと比べると…

    日本将棋連盟が2月5日、2023年の年間獲得賞金・対局料上位10棋士を発表。藤井聡太八冠が1億8634万円を獲得し、2年連続で1位となった。2位は渡辺明九段の4562万円、3位は永瀬拓矢九段の3509万円だった。史上最年少で前人未到の八大タ…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , |

    因縁の「王将戦」でひふみんと羽生善治の仇を取った藤井聡太の清々しい偉業

    藤井聡太八冠が東京都立川市で行われた「第73期ALSOK杯王将戦七番勝負」第4局を制し、4連勝で王将戦3連覇を果たした。これで藤井王将はプロ棋士になってから出場したタイトル戦の無敗神話を更新。大山康晴十五世名人が1963年から1966年に残…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , , , |

注目キーワード

人気記事

1
JR東日本に続いて西と四国も!「列車内映像」使用NG拡大で「バスVS鉄道旅」番組はもう作れなくなる
2
【ボクシング】井上尚弥「3階級4団体統一は可能なのか」に畑山隆則の見解は「ヤバイんじゃないか」
3
これはアキレ返る!「水ダウ」手抜き企画は放送事故級の目に余るヒドさだった
4
舟木一夫「2年待ってくれと息子と約束した」/テリー伊藤対談(3)
5
また出た!広島カープに「ベテラン選手の不倫デート発覚」下半身コンプライアンス崩壊