競馬サークル関係者が振り返る。
「他馬に騎乗した騎手たちから、武への騎乗批判の声が相次いだのです。スポーツ紙もそれに合わせるかのように、センセーショナルな見出しで叩いた。以降、武とマスコミの関係は冷戦状態となり、同時に人間不信にも陥った。今でもあのレースのことに触れられるのは嫌なようです。その時の検量室の雰囲気を思い出したくないと‥‥」
その後、問題のコーナーは、角度が少し緩くなるよう改修されている。
武豊の競馬人生で、2010年はターニングポイントとなった重要な年だ。3月、毎日杯でザタイキに乗って落馬。鎖骨と腰椎骨折で、4カ月近い休養を余儀なくされた。復帰しても、その影響でなかなか勝てない。当然、騎乗回数も減っていく。ここで武は考えた。
「過去のレースを繰り返し見て、騎乗フォームやレースの組み立て方を再検討した。体も一から作り直そうと考えて、専属のトレーナーをつけて鍛え始めました。騎手に専属トレーナーというのは、あまり聞いたことがありません」(スポーツ紙競馬担当記者)
そうして迎えた13年の日本ダービー。ディープインパクトの仔キズナで直線一気を決め、5回目のダービー制覇を果たしてみせた。
今では「体もしっかりしているので、還暦まで乗れるのではないか」と漏らしているほど、自信に満ちている。もし毎日杯で落馬事故を経験しなければ、その後の競馬人生はだいぶ違ったものになっただろう。
「ちなみにトレーナーとは今日に至るまでほぼ毎日、一緒にトレーニングをしている。海外遠征の際にも、同伴しているぐらいです」(スポーツ紙競馬担当記者)
知られざる珍プレーとして挙げたいのは、90年6月30日の4歳未勝利戦。1番人気馬サニーフェローに騎乗して勝利したのだが、なんと鞭を2本持ってレースに臨んでいた。同馬は左右にもたれる癖があり、それを見越して左右両方どちらにも鞭を持って矯正に備えたのだ。後にも先にも、2本持ちはこの時だけである。
武は日本で最も1番人気馬に多く乗った騎手だが、単勝万馬券の馬に騎乗したことがないわけではない。ベテラン競馬ライターが言うには、
「これまで28回乗っており、14年3月1日の阪神5R(3歳未勝利)で13番人気、単勝151.5倍のエアジャモーサに騎乗し、逃げ粘って2着。デビュー以来、初めて単勝万馬券の馬で連対を果たしました」
これまで積み重ねた重賞勝利数は329。もちろん日本最多記録だが、実はいまだ騎乗していない平地重賞が存在する。すなわち、中山金杯、オーシャンステークス、新潟大賞典、サウジアラビアロイヤルカップ、福島記念、カペラステークス、ターコイズステークスの7競走だ。