国民栄誉賞をもらった直後に五輪出場切符を手に入れた、なでしこジャパン。その重圧ぶりに楽天・嶋基宏の苦悩がダブる。「見せましょう、野球の底力を!」のスピーチで感動を呼んだ選手会長は、その後、極度の不振に陥った。そして今も「被災地球団」という十字架を背負いながら戦っている。
ムードを一変させた田中の「魂投」
首位に最大14ゲーム差をつけられて最下位だった楽天が、クライマックスシリーズ出場圏内に食い込んできた。「絶対に見せましょう、東北の底力を!」と堂々のスピーチをして、被災地に勇気を与えた選手会長・嶋基宏。だが、一時は「底力を見せるのはお前のほうだろ」という心ないヤジが飛び交うほどの不振にあえいでいた。嶋が言う。
「ああいう挨拶をした以上、自分の中で正直、無言の圧力を感じていました。チームの成績がよくなくて結果が出てない時は、口先だけじゃないかと思う人もいるでしょうし、それを気にしている自分もいました。今年は勝たなければいけないというプレッシャーがチーム全体に確実にあったと思います。そういう中で戦うのは重かった」
前半戦はチーム内も揺れていた。異例のコーチの配置転換があり、借金は増えていった。それが後半に入ると、見違えるようにチームは蘇生する。この頃の楽天に、いったい何があったのだろうか。
「8月に入って、7連敗をした時点(8月5日の日本ハム戦かた11日のオリックス戦)で、ある意味捨て身になれたのかもしれません。監督からもミーティングで『ここまで負けたのだから開き直ってやれ』みたいなことを言われましたし。そして、チームの雰囲気を一変させたのが8月20日のソフトバンク戦です。田中が杉内さんと投げ合って、魂のこもったピッチングを見せて2.1 で勝った。あの気迫を見せつけられて、何も感じない選手はいないでしょう。あそこから乗ってこれましたね。チームの状態がよくなってくると、1、2点取られても返してくれると思えるから、今は思い切ってプレーできています」
嶋の中で、もう一つの転機になったのはオールスター出場だ。開幕戦こそ逆転スリーランを放ったものの、その後の打率は2割4厘と低迷。レギュラー捕手の座を伊志嶺、中谷に脅かされている状況の中、ファン投票28万1982票を集めて、パ捕手1位で選出された。本拠地開幕戦(4月29日)での冒頭のメッセージがファンの心に焼き付いていたからに違いない。だがそれが、責任感の強い嶋を苦しめてもいた。そんな中でのオールスター戦。嶋が再びマイクの前に立ち、「生かされている僕たちは前を向いて、自分の人生を切り開いていく使命があります」と被災地に向け熱く語ったのは、Kスタ宮城での第3戦の前だった。
「オールスターは(選んでもらった以上)楽しまなければいけないと思いました。そこでいろんなピッチャーの球を受けてみて(ダルビッシュ〈日〉、和田〈ソ〉、摂津〈ソ〉、斎藤佑〈日〉、森福〈ソ〉、増井〈日〉、岸田〈オ〉)、こんな投手がいたら楽だなという思いの一方、逆にうちの最後、青山さんとラズナーが決して劣ってないと再確認することもできました」
「打たれたら全部俺のせいだ」
嶋は06年秋の大学生・社会人ドラフト3位で、國學院大から入団。その年から同じ捕手出身の野村克也監督に厳しい指導を受けた。
「以前はバッターの嫌がることをするのがいいキャッチャーだと思ってましたが、今は打者がどういう動きをしたかとか、どういうファウルの打ち方をしたから次はこう行こうとか、その場その場の打者の反応を見てリードするようにしています。野村監督からも反応を見るのがキャッチャーだと言われてましたし。あとは、今日はちょっとピッチャーの調子が悪いなと思ったら、その日最もストライクが入っているボールをチョイスするというように、シンプルに考えるようにしています」
勝っている時は何をやってもうまくいく。相手打者に芯で捕らえられても野手の正面を突いて併殺打になったりする。逆に連敗している時はボテボテのゴロがヒットになったりするものだ。だからこそ深く考えすぎることなく、「まずは投手にいい球を投げさせたい」と嶋は言う。
「ピッチャーが窮屈に感じるとか、苦しむようなリードだけは避けたいですね。僕が不安げにリードしていれば、投手にも伝わると思いますから。青山さんなどはどうしても苦しい場面で出てくるケースが多いので『打たれたら僕のせいだから、思い切って投げてきてください』といつも言ってます。井坂、長谷部、片山とか、うちは若い投手が多いんですが、彼らにも『大丈夫だから。俺が全部怒られるから、ストライクゾーンに投げてきてくれ』と伝えます。僕も怒られ慣れたと言いますか、監督からさんざん怒られてますからね。それと、5年間ずっと試合で使ってもらって、自信を持ってできてますんで、打たれたらキャッチャーが悪い、抑えたら投手のナイスピッチングでいいと思っています。それぐらい、腹をくくってやってますから」
抑えて勝てば楽しい反面、負ければいちばん悔しさが募るのが捕手というポジションだ。日々のストレスは避けられない。そんな時、嶋はどこにハケ口を求めているのだろうか。
「たまに嫁に話を聞いてもらうこともありますけど、家にはあまりストレスを持ち込みたくない。僕は結構、小山(伸一郎)さんにかわいがってもらっているので、何かあったら相談したり、大学の時の竹田監督(利秋=國學院大元監督)に聞いてもらったりしています」
チーム内で不平を言うととかく組織は乱れるものだ。ましてや嶋は選手会長。なるべく外で吐き出すようにしているという。
チームを支える山﨑武の存在感
野村監督という名捕手監督の下で3年間過ごした嶋は、外国人指揮官のブラウン監督の下で初めて規定打席に到達して3割をマーク、一気に打撃開花した。そして今季、闘将と言われる星野仙一監督が就任。嶋自身もそのあたりを意識する部分があったという。
「でも今は、ほとんど気にならなくなりました。監督と試合しているわけではないし、ベンチと対戦しているわけでもないので」
こういうふうに割り切れるようになったのは42歳のベテラン・山﨑武司の存在が大きい。山﨑は星野監督が中日の監督に就任した1987年に愛工大名電高からドラフト2位で入団。星野監督が最も血気盛んだった時代に接して育ってきた選手だ。星野監督の性格を知り尽くしている。
「今のチームには、球場に入った時から『今日も勝てるんじゃないかな』という雰囲気があります。前半戦は『今日も負けたらどうしよう』という感じでしたが」
そんなムードになってきたのも、山﨑が右手薬指の.離骨折から戦列復帰(7月20日)し、岩隈が右肩痛から戻って(7月27日)、田中とともにしっかりゲームを作っているからだ。
「武司さんは打つほうもそうですけど、精神的な柱になってくれている部分が大きいです。例えばミスした選手を呼んで鼓舞してくれたり、監督がちょっとどなっている時に、みんなを集めてミーティングして〝監督の意図はこうなんだ〟とアドバイスをしてくれる。監督とは(つきあいが)長いじゃないですか。武司さんに言われると〝ああ、そうなんだ〟となる。負けが込んでいる時は、どうしてもみんなイライラするので全体の雰囲気は悪くなりがちですが、武司さんが大きな支えとなってくれるので、暗くならずに済んでいる部分はあると思います」
チームが本来の形を取り戻した後半戦。岩隈、田中のWエースが奮投し、山﨑が4番にデンと構えると、嶋の打率も上昇してきた。昨年、3割を打った片鱗が随所に見られるようになった。本人もこう分析している。
「自分のバッティングは右方向。近めに来たほうが逆方向に打ちやすいので、ソフトバンクや西武のように内角を攻めてくるチームとの対戦のほうが結果に結び付いているような気がします。逆に外が中心の組み立てをするチームだと、いい当たりをしても二塁ゴロやライトライナーになったりが多いんですが、打球自体はいい方向に飛んでいるので、内容としては悪くないと思います」
ただし、自分が3安打しても負けてしまったら意味がない。「それよりもいかに0点に抑えるかを重点に考えている」というのだから、根っからのキャッチャー気質なのだろう。
「二枚看板」岩隈と田中の違い
一時は借金が11もあったチームが、8月の7連勝もあり、今やCS出場切符に十分手が届く位置にいる。星野監督は「ここまで選手が成長してくれた」と奮闘ぶりを認めるコメントを出すようになった。
「うちは短期決戦になれば、ピッチャーがいいので強いですよ」と女房役の嶋も自信をみなぎらせている。「岩隈さんと田中は全然違うタイプのピッチャーです。田中はどちらかと言えば追い込んだら三振を取っていくタイプですけど、岩隈さんは早いカウントでゴロを打たせていく投手。おのずとリードも違います。田中の場合は田中に任せる形で〝エッ、ここでそれ?〟と困惑させることのないように、彼が気持ちよく投げられるように心がけています。僕がワンバウンドをそらしたりとか、変なキャッチングをして、ストライクをボールにするミスだけはしないように気をつけていますね」
以前の岩隈は、今季阪神に移籍した藤井とバッテリーを組むことが多かった。昨年中盤からは嶋が受けている。
「最初は凄く緊張しました。だけど今は岩隈さんが考えていることが、だいぶわかるようになりました。前の打席でここを打たれたから次はボールにしよう、1個分厳しく食い込ませてゴロを打たせようとか、岩隈さんが考えて投げてくれますので。打たれたあとにも『俺がこうしようと思って投げたんだからお前は気にしなくていい』『気持ち的にフワッと入った俺のミスだから』などと声をかけてくれて、いろんな形で会話をしながらやっています。だから気を遣うことはないですけど、ただ2人には勝って当たり前という評価がありますので、その分プレッシャーはありますね」
今季のパ・リーグはソフトバンクと日ハムの2強がずばぬけている。8月20日からの7連勝は、この2強相手に成し遂げたものだ。これが大きな自信になっていると嶋は言う。
「09年にCSに出場した時は、僕は使われなかったので、負けたこと以上に出られなかった悔しさのほうが大きかった。今年は何とかCS進出して全試合出て、勝った喜び、負けた悔しさを感じたいと思います。いや、うちは二枚看板がいますから、CSに行けば去年のロッテのように3位からの日本一も夢ではないと思っています」
ここに来て、ようやく野球の底力を見せ始めた嶋。被災地の球団にあって、勝つこと、勇気を与えることを使命として今も戦っている彼の胸には、大学の恩師に授けられた、こんな言葉がある。
「自分のためにやっている人間は弱い。誰かのために戦っている人間が最後に勝つ」──。