福島第一原発の取材直後に主人公が鼻血を出すという内容が、福島への風評被害だとして大騒動に発展している。作品中では、なんと科学者や元双葉町長らが実名で登場し、これを被ばくによる症状と断定したのだ。沸き上がる福島県民の憤怒の声を代弁し、問題表現の大罪を糾弾する!
1983年の連載スタート以来、これまでさまざまな食に関する問題を提起し、グルメ漫画として異彩を放ってきた「美味しんぼ」。「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)4月28日発売号の「福島の真実その22」では、福島第一原発を訪れた主人公・山岡士郎が、原因不明の鼻血を出すシーンが描かれた。同じく福島を訪れた父・海原雄山もこう言うのだ。
「む、私も鼻血が出た」
作品中では、鼻血の原因が被ばくであると断定されていくのだが、原作者の雁屋哲氏(72)は、今年1月、オーストラリアの生活情報サイトのインタビューで、こう語っていたものだった。
「(福島の)取材から帰って夕食を食べている時に、突然鼻血が出て止まらなくなったんです」
このような鼻血はこれまで体験がなかったという雁屋氏。医師に相談しても、放射線と鼻血の関係を結び付ける診断は得られなかったという。しかし、今回の「鼻血描写」が自身の経験に基づくものであることは明らかだろう。
放射線防護学を専門としている日本大学の野口邦和准教授が指摘する。
「鼻血が出たのは本当なのでしょうけど、被ばくと関連づけるのであれば間違いです。もし被ばくなら数百ミリ、数千ミリシーベルトの放射線を浴びて急性障害を起こした時です。その場合、全身の至るところから出血し、鼻血も続きます」
しかし、同話には、現在埼玉に住む、福島県双葉町の前町長・井戸川克隆氏が実名で登場し、こんな発言をしているのだ。
「私も鼻血が出ます」
「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」
双葉町は福島第一原発事故後、住民約1200人が、埼玉に避難し、前町長の発言は真実として受け止められかねない。福島県二本松市や本宮市の土壌改善アドバイザーでもある前出・野口氏が反論する。
「講演も含めて、何度も福島を訪れていますが、鼻血の質問、相談は一切ありません。井戸川さんの発言は何か別な意図があってしているのではないですか」
また、原発から31キロ地点の田村市都路町に事故以来住む「福島で生きる!」の著者・山本一典氏も、こう首をかしげるのだ。
「原発事故後に『鼻血を出した』という福島県民は、私が知るかぎり1人もいません。『子供が鼻血を出した』という噂も聞いたことがありません」
こうした疑問はスピリッツ編集部にも寄せられたが、雁屋氏はブログを通じて、こう宣言しているのだ。
「福島編はまだ続く。鼻血ごときで騒いでる人たちは発狂するかもしれない」
こんな不愉快な用語まで使って過激予告する雁屋氏。7日、小学館に本件の抗議文を送った福島県双葉町役場は、憤怒のコメントを寄せた。
「現在、原因不明の鼻血等の症状を訴える町民が大勢いるという事実はありません。県外の方から、県産の農産物は買えない、県には住めない、旅行は中止したいなどの電話が寄せられ、許しがたい風評被害を生じさせています。双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧しております」
8日には、環境省の政務官が記者会見でこうコメントしている。
「福島の方々が頑張っておられる中、残念で悲しい出来事だ」
騒動が拡大する鼻血問題だが、12日発売号では、放射線内部被ばくに詳しい、岐阜環境医学研究所所長の松井英介氏が登場。「まだ医学界に異論はありますが」と付け加えられているものの、放射能を帯びた微粒子が細胞に作用して、鼻血につながった可能性を指摘しているのだ。
「そうか、それで鼻の粘膜の細胞が破れて鼻血が出るんだ」
説明を聞いた山岡は、こう納得するのだった。
◆アサヒ芸能5/13発売(5/22号)より