「3の倍数と3のつく数字だけアホになる」で一世風靡した世界のナベアツこと、落語家・桂三度。彼が漫才師・ジャリズムだったころの元相方であるオモロー山下が、「女性自身」の記者に転身した。
東京・目黒で経営しているうどん屋は続行しつつ、今後は新米記者として修業する。山下のように、芸人を廃業して裏方に回る元芸人は少なくないと、女性週刊誌の記者はいう。
「バナナマン、おぎやはぎ、東京03といった関東コント師のブレーンである構成作家のオークラさん。彼は元“細雪”というコンビ芸人でした。おぎはぎ、03と同じ人力舎所属でしたが、日村勇紀さんと出会って、みずからの才能に限界を感じて、書く側に回ったんです。同じく、ビビる大木さんがコンビ芸人“ビビる”だったころの元相方・大内登さんも、芸能界を引退。マネージャーに転身したあと、番組制作会社・ケイマックスに入社。ディレクターやプロデューサー職に就き、現在は他の制作会社の社長になったようです」
元「カリカ」のマンボウやしろも、書く人間になった。脚本家、演出家として活動しながら、ラジオパーソナリティーも務めている。ちなみに元相方の林克治さんは芸能界を引退後、実家の旅館を手伝っていたが、のちに構成作家・鈴木おさむプロデュースの本格ちゃんこ鍋料理屋「ちゃんこ屋鈴木ちゃん」に勤務。現在は、東京・五反田で「スナックカリカ」を経営している。前出の記者が続ける。
「ものまね芸人・原口あきまささんの元相方である中村至誠さんも放送作家。原口さんは元“チャムズン”というコンビだったんです。かなり意外なところでは、勝俣州和さんの元相方・堀部圭亮さん。2人はCHA-CHAというアイドルユニットの解散後、『K2』というコンビを結成。解散後、堀部さんは俳優の道に進みましたが、竜泉のペンネームで構成作家もしています。2009年には、長編映画『悪夢のエレベーター』で初監督を務めました」
元芸人の、才覚の発揮ぶりは、山下記者よりオモローイかも!?
(北村ともこ)