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記事全文を読む→【街ブラルポルタージュ】「横浜カオス」なぜ彼らはこの街に惹かれるのか〈第1回・関内〉(1)キラキラの「いけ好かない街」
「住みたい街ランキング」9年連続1位──「横浜」に憧れる面々は少なくはない。わかりやすく人気を集めるスポットは多々あるが、本来の魅力はそうした表層にはない。清濁併せ吞んだカオス、人間模様の表裏こそこの街の醍醐味だ。横浜在住の踏破型ルポライターが横浜を丸裸にする!!
イセザキ・モールの中にある牛丼屋で昼メシを食べていると、両手にビニール袋をぶら下げたおじさんがふらふらと店内に入ってきた。おじさんは券売機を素通りし、奥のカウンターへ向かうと、バイトの店員にこう尋ねた。
「すみません。ここに公衆電話はありますか? あったら貸してほしいんですけど」
店員は眉をひそめながら、おじさんに「モウイチド、オネガイシマス」と聞き返している。それもそのはず、そのバイトは日本語がまだ怪しい外国人留学生か何かである。
留学生は奥で忙しそうにしているバイトリーダーらしき日本人をわざわざ呼んできた。
「お客様、どうされましたか?」
「あの、公衆電話を貸してほしいんですけど」
「公衆電話? ここは牛丼屋なので置いていないですね‥‥」
この後すぐに取材を控えていたのでサッと食べられる牛丼を選んだのに、この1分余りの一部始終を思わず手を止めながら見守ってしまった。
私は横浜に住み始めて、もうすぐ2年になる。それまでは5年間、新宿の歌舞伎町と新大久保に住んでいた。家賃は少々値は張るが、そのコストを上回るメリットがあり、東京以外の場所に住むことなど頭の隅にも浮かばず、このまま何も疑うことなく一生東京に住み続けるものだと思っていた。
そんな私が横浜へ引っ越したのは、普段からお世話になっていた人から「空いている家があるからタダで住んでいいよ」と言われたからである。正直、タダより怖いものはないが、生粋のケチである私は迷うことなく横浜への移住を決意した。
その家は訳あって1年で引き払うことになったのだが、横浜をえらく気に入った私は伊勢佐木町にほど近い場所にマンションを借り、引き続き横浜に住むことにしたのである。
それまで横浜には、「観覧車と赤レンガ倉庫がある、キラキラしたいけ好かない街」という印象しか持っていなかった。しかし、住み始めてわかったが、横浜は広い。住みたい街ランキングでは「横浜」が9年連続で1位になっているが、その括り方ではあまりにも広すぎる。セブン-イレブンで1本2000円近いクラフト缶ビールが売っているハンマーヘッド(新港埠頭に作られた客船ターミナル&商業施設)と、居酒屋で出された450円の生ビールに客が「ぼったくりだ」と叫ぶ寿町が、同じ街にされていいわけがないのだ。
横浜には全部で18の区がある。その中には私も聞いたことがない街がいくつもあるし、住んでいる当人ですらそこが横浜であることを自覚していない街もある(たぶん)。この連載では、そんな横浜に秘められた知られざる魅力を発掘していきたい。
ということで第1回は、私が住んでいる関内駅周辺から。
ところで、私が公衆電話を探していたおじさんを眺めながら牛丼をかき込んでいたあの店は、正確に言うと「関内」ではない。
幕末、横浜が開港すると、幕府は外国人が暮らす居留地と外の世界を結ぶ吉田橋に関所を置いた。この関門の内側だから「関内」、外側だから「関外」。イセザキ・モールは吉田橋を渡った先から始まるので、つまり関外だ。
なぜ、そんなところにわざわざ関所が必要だったのか。開港当初の横浜は、日本人と外国人が肩を並べて暮らし始めたばかりの土地であり、西洋人を「夷狄」と見なして力ずくで追い払おうとする攘夷派の志士もあちこちにくすぶっていた時代だ。
開港からわずか3年後の1862年には、横浜近郊の生麦村でイギリス人が薩摩藩士に斬り殺される「生麦事件」まで起きている。だから、幕府は居留地と関外のあいだに橋を1本だけ残し、そこに関門を置いて刀を差した浪人風の男を締め出すことにしたのだ。
いわば、横浜の表と裏を分ける境界線であり、その役目は現在においても引き継がれている面がある。
馬車道は、外国人が馬車で行き交ったことに由来する名の通り、ガス灯が並び、洒落た洋館やギャラリーが軒を連ねる街だ。元町は元町商店街を中心に、輸入品を扱うブティックや品のあるパン屋が並ぶ、いかにも「ハイソな横浜」を体現したような通りである。横濱中華街は言わずと知れた観光地。横浜スタジアムに至っては、今年3月、真横に「BASEGATE横浜関内」がオープン。一帯の再開発も続いており、洗練されたエリアになっている。
これらはいずれも「関内」。一度は聞いたことのある、横浜のパンフレットに載るような顔ぶれである。かつて外国人を保護するための関所の内側だった土地は、今も横浜の「表の顔」を一手に引き受けている。
ただ、本当の魅力は、野毛、伊勢佐木町、福富町、寿町と続く「関外」にある。順に歩いていこう。
國友公司(くにとも・こうじ)1992年生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。著書「ルポ西成」「ルポ路上生活」「ルポ歌舞伎町」「西成ユートピア」「ワイルドサイド漂流記」。連載「日本場末スナック放浪記」など。
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