一方の六代目山口組は10月17日、最高幹部が茨城県鹿嶋市を訪れていた。同市内の松葉会(東京・伊藤芳将会長)傘下組織、六代目國井一家(総長=伊藤央風紀委員長)本部で行われた「三社親睦会」に出席したのだ。この親睦会は親戚関係にある六代目山口組と...
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六代目山口組からの「一方的な抗争終結宣言」が出て以降、敵方には組の行く末を決定するような組織的行動はほとんど見られなかったが、ここに来て神戸山口組が動いた。井上組長をはじめ全直参が、極秘で九州に集結したのだ。一体何が起きたのか。情報をキャッ...
記事全文を読む→「第一報を聞いて、胸が締めつけられる思いでした」苦悶の表情を浮かべ、こう話すのは元山口組顧問弁護士の山之内幸夫氏(写真1枚目)。同氏が胸を痛めたのは、10月26日の「18年前に起きた殺人事件の捕り物劇」を知った時のことだ。兵庫県警が組織犯罪...
記事全文を読む→新たな試みを打ち出す一方で、司組長の襲名当初からの教えである「先人顕彰」は徹底して実践され続けている。10月4日、山口登二代目の祥月命日に、最高幹部が神戸市内の霊園にて墓参を行ったのだ。午前8時頃から直参で事務局次長を務める三代目岸本組・野...
記事全文を読む→山下本部長が若頭補佐から昇格したことにより、それまで担当していた中部・東海ブロック長を、加藤若頭補佐がブロック長代理として引き継いだ。これで6人の若頭補佐が、6つのブロックの長(代理含む)として、それぞれ担当することになった。こうして全国に...
記事全文を読む→今年4月18日、六代目山口組の“陣頭指揮官”に司忍組長、髙山清司相談役の血脈を継ぐ竹内照明若頭が就任し、早くも半年が経った。自ら率いた弘道会の代目を譲ったことで、分裂抗争で疲弊した組織を新生させるべく、より精力的に奔走している。...
記事全文を読む→早野会長は、そんな先代の金海会長のもと、組織委員長など要職を歴任、16年の会長就任後も、首都・東京での地盤を死守してきた。「組織継承の際、原点回帰を目指し組織名を『東声会』に改称し、名跡を復活させたことからもわかるように、伝統を重んじ、実直...
記事全文を読む→東声会は第二次世界大戦終戦直後の混乱期に、愚連隊グループを糾合した町井久之初代によって創設された。数々の関東の博徒組織と抗争を繰り広げ、急激に組織を拡大。最盛期の勢力は、東京都内はもとより、千葉や横浜など関東一円に及び、さらには大阪、名古屋...
記事全文を読む→その一報が届いた時、ヤクザ社会は驚きを隠さなかった。50年以上もの長きにわたり、山口組と親戚関係にある関東の老舗組織トップと、六代目山口組の中核団体・弘道会の幹部による盃儀式が挙行されたのだ。この異例の盃により、いかなる変化がもたらされるの...
記事全文を読む→六代目山口組(司忍組長)の中核組織、四代目弘道会を率いることになった野内正博会長。日本の闇社会が一様に注目する親分は、いったい、いかなるヤクザなのか。野内会長は1966年生まれの熊本県出身。他組織関係者によれば、「幼い頃に実親の都合で、岐阜...
記事全文を読む→六代目山口組の分裂抗争は約9年半の歳月を経て、意外な終局を見せている。この間、組織を割って出た神戸山口組は四分五裂し、勢力数で六代目山口組が圧倒する状況となっていた。そして4月7日、ついに六代目山口組が「抗争終結宣言」を出したのだ。兵庫県警...
記事全文を読む→「全て間違っています。私は犯人ではありません」およそ5年ぶりに公の場に姿を見せた五代目山健組・中田浩司組長はマスク越しにも血色が良く、以前の容貌と大きな変化はなかった。そして大方の予想どおり、冒頭のように、問われた罪を全面否認してみせた。1...
記事全文を読む→当事者間で解決できない問題にシロクロつけるのが民事裁判である。裁判官は日々、難題をジャッジしているわけだが、今回ほど頭を悩ませたことがあっただろうか。なにしろ「法外の徒」が法律による判断を求めてきたのだから…。それは組事務所の所有権をめぐっ...
記事全文を読む→かつて山口組に「キッシンジャー」と呼ばれた男が存在した。その名を黒澤明という。ヤクザの異名といえば、事件で見せた凶暴性や闇社会で振るう権勢の大きさなど、その由来には常に暴力の影がつきまとう。なのに、なぜ彼は〝ノーベル平和賞〟を受けた米国人に...
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