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記事全文を読む→弘道会・野内正博会長「幹部抜擢」の深層(1)直参昇格から半年で幹部に
巷では春は人事異動の季節だが、それはヤクザ業界でも変わらないようだ。桜の開花を前にして、六代目山口組に動きがあった。昨秋、直参昇格したばかりの四代目弘道会・野内正博会長が幹部に昇格したのだ。竹内照明若頭が右腕的存在を登用した背景には何があるのか。最新組織図とともに解き明かす。
六代目山口組(司忍組長)は3月11日、三重県四日市市の関連施設で執行部会を開催した。
その席上で、現体制の今後を占う意味でも注目の新人事が発表されたのだ。地元関係者が言う。
「中核組織である四代目弘道会の野内正博会長が、同日付で幹部に昇格することが発表され、ただちに傘下組織に伝達されたのです。幹部は、執行部と直参との間に立ち、組織運営を円滑にする役職で、執行部への登竜門とされる重要ポストです。長く竹内照明若頭(四代目弘道会総裁)の右腕として組織に貢献してきた野内会長の昇格は順当なものですが、そのスピードには驚かされました」
というのも、野内会長が竹内若頭から弘道会の跡目を継承したのは昨年9月のことであり、わずか半年での幹部抜擢となったからだ。竹内若頭が直参昇格から幹部に登用されるまで1年余の期間があったことからも、出世の早さがわかるだろう。
山口組事情に詳しいジャーナリストが言う。
「野内幹部は分裂下に敵対勢力との抗争の最前線で活躍。武闘派である一方、山口組分裂を受けて、分派状態にあった京都の七代目会津小鉄会(当時)が21年に組織の一本化を果たし、六代目山口組との関係が修復された際も、水面下で野内幹部の奔走があったとされます。いずれも三代目弘道会若頭だった時のことで、弘道会会長だった竹内若頭の手となり足となり、山口組のために汗をかいてきた。これが評価されたのでは‥‥」
直参昇格以降も、中京地区で行われる親戚友好団体の訪問行事や葬儀などの場で、会場整理に当たるなど率先して陣頭指揮をとる野内幹部の姿が目撃されてきた。
若き日の野内幹部は、竹内若頭らとともに髙山清司相談役の側近として活躍。その貢献が認められ、六代目山口組が発足した05年に弘道会直参に昇格。以後、若頭補佐、統括委員長などを歴任し、19年に同会若頭になる。
「当時、野内幹部が率いていた初代野内組は抗争事件の実行犯を出すだけでなく、敵方から多くの帰参者を受け入れた」(地元関係者)
これも野内幹部の人望の厚さと言えよう。
「人事発表の翌12日には、大阪北ブロックで開催されたブロック会議に野内幹部が足を運び、抜擢後初仕事に当たったそうです。幹部の役職者は、竹内若頭体制になって頻繁に開かれている執行部を中心とする会合にもたびたび出席するようになっており、その重要性が増しています。竹内若頭にしても、勝手知ったる野内幹部が加わったことのメリットは大きいでしょう」(ジャーナリスト)
新人事で厚みを加えた六代目山口組の全容は、下の最新組織図を参照してほしい。

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