ヤクザ社会の喧騒をよそに、後藤元組長は自身の信念を貫いていた。それがよく表れているのが、前述の出家であろう。09年4月8日、釈迦が誕生したとされる日に、後藤元組長は400年以上の歴史を持つ寺院で得度式を行った。法名「忠叡」を授かり、仏門へと...
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山一抗争が終わっても、後藤組の躍動は続いた。90年2月、東京・八王子で宅見組系組織と二率会系組織との間で対立抗争が発生。世に言う「八王子抗争」に、並みいる有力組織とともに後藤組も参戦したのだ。「その戦果というべきか、翌年に後藤組は地元組織を...
記事全文を読む→後藤元組長の渡世入りは、最初の東京オリンピックの翌年、1965年頃とされるが、それ以前の様子を山口組事情に詳しいジャーナリストが解説する。「後藤元組長は1942年に、裕福な家庭に生まれました。生家は大理石敷きの床に、庭には温室、弓道場まで設...
記事全文を読む→数々の抗争事件で暗躍した武闘派である一方で、都会的なセンスを持つ経済ヤクザと一般社会にも認知されていた。そんな稀有な存在である親分が死去した。かつて除籍処分を下した六代目山口組から若頭らが葬儀に訪れるなど“異例の対応”を見せたの...
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