秋風が心地よく吹き抜け、家飲みが一段と楽しくなる10月。仕事終わりの晩酌や週末のリラックスタイムに「いつもとはひと味違う、極上の酒の肴を楽しみたい」と思ったらどうするか。もちろん酒場へ繰り出すのも悪くないが、自宅のキッチンで手軽にプロ顔負け...
記事全文を読む→9対1で「9」を事務所が…/芸能界「プロダクションVSタレント」独立興亡記〈緊急集中連載⑤〉(2)
激しさを増すばかりの性加害─。さすがに耐えがたくなり、正式デビュー前に一度、ジャニー氏に「退所」を申し出た。
「初めに『Youも辞めるのか』と言われましたから、同じように被害に遭って辞めた仲間たちのことを意識させられました。それでも『もうデビューが決まっているから、ちょっと待て』と引き留められたんです。デビューすることは夢でしたから、その時は我慢できました」(志賀氏)
しかし「忍者」としてCDデビューしてからも、相変わらず性加害は続いた。
「仕事が忙しくて合宿所にもほとんど行っていませんでしたから、あくまで時々でした。今までの回数が半端なかったので、マヒしていると言うか、『またか』みたいな感覚だった。デビュー時は22歳で、年を重ねていた僕への興味は減っていたのではないかな」(志賀氏)
それでも退所を決意した時から引きずっていた体調の悪さ、精神的な負担は取り払われなかった。人とほとんどしゃべることができなくなったり、食欲が全然なくなったり、動悸がしたりもした。
「デビューから3年半ぐらいは、他のメンバーたちに迷惑をかけられないという想いもあって、なんとか耐えていました。それでも、いろんな症状が重なって、とうとう鬱状態がひどくなり、薬を飲みながらの活動は限界でした」(志賀氏)
実は、交際していた女性が妊娠するという物語も同時進行していた。当時のアイドルとしてはタブーを犯したことにもなり、副社長のメリー喜多川氏に相談したというのだが‥‥。
「勇気を持って言ったら、逆鱗に触れてしまい、『もう忍者じゃなくていいから!』と、即契約解除でした」(志賀氏)
ジャニー氏からは“口止め”のように引き留められ、メリー氏からは感情的にクビを言い渡された。みずから退所を決意していたとはいえ、結果的には放り出された形だ。収入ゼロの無職となった。貯金を切り崩して生活せざるをえなくなったというのだが、ジャニーズ時代の収入を聞いてみた。
「最初に3択で月給を選べました。1つ目は『完全固定給』で『30万円』と言われた。次に『固定給+歩合』。固定部分は10万円で、CDの印税や番組出演、コンサートのギャラなどが歩合として入ります。3つ目が『完全歩合』です。CDが売れた分だけ潤うほうがいいと、僕らは固定給+歩合をチョイスしました。それでも歩合の部分は毎回、出演したものが支払われているのかいないのか、よくわかりませんでした。そのうえ、歩合は9対1で『9』を事務所が持っていき、『1』を6人で等分する。コンサートのギャラにしても、ワンステージではなく、1人の取り分が1日10万円ほどでした」(志賀氏)
第三者が聞いても搾取されている感がありありだが、当時の睡眠時間は2〜3時間で、1年間休みなしというような労働環境であったから、MAXの月給は500〜600万円に達したこともあったという。ただし、それが労働対価として相応だったのかは判断しがたい。
退所から1年ほどしてから、制作も兼任するプロダクションに所属し、ドラマや舞台で再び活躍することができたが、志賀氏は30代半ばで芸能界も引退した。
服用する薬の量を増やさなくては精神的に耐えられなくなり、結果、舞台に立ってもろれつが回らなくなったりしたことが原因だという。どんなに離れても、ジャニーズの影は志賀氏を追いかけてきたのだ。それは現在も続いている‥‥。
そして、志賀氏の案件はあくまで被害事例の1つにすぎない。
アサ芸チョイス
過去の選挙での問題発言に加え、支持者をシャトルバスで無料送迎していたことをめぐって事実関係の弁明を二転三転させた末に、簗和生前農水相(裏金1746万円)が事実上の更迭となった。国会審議で野党から追及された際、当初は「選挙管理委員会に確認して...
記事全文を読む→昼どきの日本列島に緊張が走った。10月16日午後0時40分頃、気象庁は北海道根室市から北東約750キロの千島列島付近を震源とするマグニチュード(M)9.9の巨大地震が発生したとして、緊急地震速報を流した。テレビに映し出されたM9.9の数字に...
記事全文を読む→コント日本一を決める大会に「大人の事情」は無関係だった。10月17日に生放送された「キングオブコント2026」(TBS系)で、エントリー3445組の頂点に立ち、賞金1000万円を獲得したのは、吉本興業所属のジェラードン。アタック西本とかみち...
記事全文を読む→
