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記事全文を読む→ガッツ石松(6月2日没)〈地元の盟友〉好物はバナナではなくカキフライだった 自民党公認候補でも「“自分党”だった」/26年夏「送り火」インタビュー・追憶「忘れがたき人々」
喜寿を目前にして天に召されたタレントのガッツ石松(享年76)。WBC世界ライト級王座を戴冠した元プロボクサーは数々の「珍発言」で伝説を残してきた。ところが、地元の盟友が明かしたのはまた別の「素顔」で‥‥。
「『OK牧場』のフレーズをあまり本人の口から聞いたことがありません。バナナにしても『特別好きじゃない。あれはテレビだから‥‥』と。あの天然なキャラクターは地元では見せない顔です」
こう振り返るのは、栃木県栃木市でお食事処「大益」を経営する小池廣志さんだ。御年77歳でガッツとは同学年。2人の出会いは中学時代にさかのぼる。
「私が鹿沼市、石松君が粟野町(現在は鹿沼市と合併)の中学校に通っていてお互いに野球部でした。距離にして2キロぐらいの“隣の中学校”。彼は途中で野球部を辞めちゃうんだけど、お互いの学校でやる練習試合にはしばしば顔を出していた。おとなしく観戦すればいいのにヤンチャ坊主だから、わざわざこっち側のベンチに来て、仲間2~3人とヤジを飛ばしてくるの。あまりにも鬱陶しいから私も砂を投げて抵抗したよ」
2人が友人関係になったのは中学校を卒業して十数年が経った頃。小池さんが切り盛りする店にガッツが訪ねるようになったのだ。
「地元に野球部時代のネットワークがあってね。当時の仲間たちがよく食べに来てくれるんだ。ある日、仲間の1人が石松君を店に連れてきてくれた。以来、彼が帰省するたびに店によってくれるようになった。バナナよりもカキフライが好物でしたね」
少し意外だったのはガッツの地元での存在感の大きさだ。みずからイベントを企画するなどリーダーシップを発揮して仲間たちと交流を深めたという。
「42歳の厄年のタイミングで、日光の『輪王寺』まで1泊2日の厄除け旅行を企画してくれました。大型バスを貸し切って30~40人は集まったと思う。夜はホテルで大宴会、そして翌日はゴルフの流れ。石松君はゴルフコンペもよく主催してくれた。彼はゴルフマネジメントに長けた技巧派タイプ。豪快に振り回さずに、カチンとうまいこと打つわけさ。だいたい平均80後半で回っていた印象です。ちなみに、ドライバーは私のほうが遠くまで飛ばしていました」
地元の盟友はガッツの人生の浮き沈みも間近で見てきた。96年に衆議院選挙に自民党公認候補として出馬するも落選。選挙費用で億単位の借金を抱えたことはよく知られている。
「出馬表明から実際の選挙まで2年ぐらい先延ばしになったのが痛かった。その間、あまりテレビの仕事を受けられなかったみたいだからね。落選した時は本当にガックリきていた。どうも、当選しないことには金銭面などの支援を党からもらえなかったみたいで、『全然、話が違った。あれじゃ、“自分党”だよ』と嘆いていた」
さて、店の看板メニューとして長年愛されているのが、ガッツ考案の「ガッツスペシャル!!」なる定食だ。ニンニクとショウガを10時間以上醤油で煮詰めた特性タレの香りが食欲を刺激する。
「20年以上前に、もともとあった豚ローススタミナ焼定食に『玉ねぎをもっと入れて炒めたらガツンとくるぞ』とアドバイスしてくれました。しかも、『ガッツスペシャルとして売れよ』と愛称まで快く使わせてくれています」
生き様に人情味が溢れていた。
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