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記事全文を読む→将軍・徳川家綱の「殉死禁止令」に逆らって「怒りの切腹」宇都宮藩士の死後に起きた「とんでもない悲劇」
主君のパワハラに対し、意地で切腹したが幕府の逆鱗に触れ、残された家族が破滅に追いやられることに――。江戸時代初期の宇都宮藩士・杉浦右衛門兵衛である。
寛文8年(1668年)、宇都宮藩主・奥平忠昌が江戸藩邸で病死した。かつて主君の死に殉ずる切腹は「武士は二君にまみえず」として美徳とされていたが、第4代将軍・徳川家綱は単なる犬死として、寛文3年(1663年)に「殉死禁止令」を発令していた。
右衛門兵衛の行為はこの「殉死禁止令」に触れたわけだが、実は主君を思っての切腹ではなかった。
忠昌の葬儀の際、家督を継いだ長男・奥平昌能が右衛門兵衛の姿を見るや、周囲に聞こえる大声で「お前、まだ生きているのか」と言い放ったという。
昌能にしてみれば「殉死禁止令」こそ出されていたが、父に可愛がられ重用されていた右衛門兵衛がのうのうと生きていることに、忸怩たる思いを抱いたのだろう。とはいえ、これは「お前、死ね」と同義語だ。現在ならば上司による自殺強要発言で、パワハラ認定されるだろう。
公衆の面前で罵倒された右衛門兵衛は、武士としてのプライドを傷つけられて激怒。その日のうちに切腹して果てた。生きていても新藩主に以前のように重用される可能性はなく、出世も望めない自分に深く絶望したに違いない。
面目を潰された幕府の怒りは相当なものだった
右衛門兵衛は完全な被害者だが、幕府はこれを殉死として認定し、簡単に禁止令が破られたことに憤慨した。何の罪もない息子2人を死罪として、首をはねてしまったのである。斬首は庶民に対する死刑で、武士の場合は切腹させられるのが普通だが、それさえも許されなかったというのだから、面目を潰された幕府の怒りは相当なものだったに違いない。
パワハラをした側も、タダではすまなかった。昌能は初代将軍・徳川家康の玄孫でありながら、要所の地である宇都宮藩11万石が2万石も減らされて、出羽山形9万石に飛ばされた。並みの大名なら死罪や藩が取り潰されてもおかしくなかったという。将軍の親戚ゆえに助かったわけだが、昌能も高い授業料を払ったものだ。
この処罰に当時の大名、武士たちは震え上がり、殉死は鳴りを潜めていった。昌能は川で魚釣りをしていた際に釣れず、その原因は上流で水垢離をしていた山伏のせいだとして処刑するほど、粗暴な性格だった。事件後に家臣が「江戸三大仇討ち」である「浄瑠璃坂の仇討ち」を引き起こしたのは、自業自得かもしれない。
(道嶋慶)
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