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記事全文を読む→【世界の「最凶独裁者」列伝】目指すは「共産主義者の絶滅」南米ピノチェト将軍の特別部隊「死のキャラバン」大量処刑作戦
かつて冷戦期の南米で、冷酷なまでの鉄槌を振り下ろした男、それがチリのアウグスト・ピノチェト将軍だ。
1973年9月、チリの首都サンティアゴ。世界初の民主的選挙で誕生した社会主義のアジェンデ政権を、軍事クーデターによって殲滅。大統領府で自ら命を絶ったアジェンデの遺体の上を踏み越え、権力をその手に掌握したこの男は1990年までの約17年間、チリに軍事独裁を敷いた。
クーデター成功後にピノチェトが行ったのが、徹底した「共産主義者の絶滅」だった。その象徴が、反対派を徹底的に弾圧するために組織した特別部隊による「死のキャラバン」だ。
彼らはヘリコプターでチリ全土の都市を巡り、各地の軍施設で拘束されていた政治犯や活動家を引きずり出しては、即決の銃殺刑に処した。さらに息のある人間や遺体をそのままヘリコプターから太平洋の海原や湖、川、アンデスの山頂へ落とすという、常軌を逸した残虐な処刑を繰り返したのである。
こうした軍の暴力や秘密警察の拉致・拷問による死者と行方不明者は3000人を超え、被害総数は10万人と推計される。圧政に耐えかねて国を捨てたチリ人は、当時の総人口の約10%にあたる100万人に達したというから驚くばかりだ。
「認知症で裁判不能」診断で法廷で裁かれることを拒否
ピノチェトは米シカゴ大学の経済学者「シカゴ・ボーイズ」を招き、公営企業の民営化や外国資本の全面開放といった急進的な市場原理を導入。この政策により、一時的ではあるもののインフレは鎮静化し、好景気になったことで、「チリの奇跡」と呼ばれた。
しかし富を握ったのは、一部の特権階級のみ。輸入品の氾濫により国内の製造業は壊滅し、貧困率は一気に40%に跳ね上がったとされる。
そんなピノチェト政権の風向きが変わり始めるきっかけは、冷戦の終結だった。1988年の国民投票で国民から「NO」を突きつけられ、1990年には退陣を余儀なくされたピノチェト。しかしその後も軍のトップに居座り、免責特権を盾に、自らの罪から逃れ続けた。1998年には療養先のイギリスで拘束されるものの、なんと「認知症で裁判不能」という診断により、泥沼の法廷闘争をかわし続けたのである。
結局、ピノチェトはいっさいの司法断罪を受けることなく、2006年12月、91歳でその生涯を閉じた。死後、彼の遺骸に唾を吐きかける遺族がいたとされるが、暴力で自由を踏みにじり、経済格差を広げたこの最凶独裁者が残した傷痕は今なお、南米の大地に深く刻まれ続けている。
(山川敦司)
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