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記事全文を読む→映像ディレクター・佐々木敦規の「お台場ハチャメチャ青春記」〈第6回〉(1)榊原郁恵は芸能界の“師匠”
海老が生、あんかけが粘土のよう‥‥従来の料理番組ではあり得ない失敗さえ楽しく見させてしまう伝説の料理バラエティー「郁恵・井森のお料理BAN‼BAN‼」。佐々木は新米ディレクターとして同番組に関わった。榊原郁恵との出会いがTVマンとしての新たな視座を生むことになる。
「アブちゃん!」
佐々木敦規をこのあだ名で呼ぶのはテレビ界に数名のみだ。命名者は榊原郁恵。その由来を、佐々木は苦笑しながらこう説明した。
「郁恵さんは、スタッフの誰とも分け隔てなく会話をしてくださる方で、僕もプライベートな話をさせていただく中で、当時の僕の言動や生活感に『アブノーマル』な何かを感じられたようで(苦笑)。以来、郁恵さんには『アブちゃん』と呼ばれてます」
佐々木にとって榊原は“芸能界で初めての師匠”だという。
「初めてD(ディレクター)としてタレントと向き合ったのが郁恵さんです。新米Dの意見や感覚を否定せずに受け入れてくれた上に、僕の落ち着かないところや(興奮して)かかり気味になるところをいじってくれたり、絶対失敗できない場面で焦っても優しく受け止めてくれた。郁恵さんが新米Dの僕を上手に泳がせてくれたからこそ『郁恵・井森のお料理BAN!BAN!』(以下、『BAN!BAN!』)は生まれたのだと思いますね」
榊原郁恵、1959年神奈川県川崎市生まれ。76年「ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを受賞し、77年に歌手デビュー。同期は高田みづえ、大場久美子、太川陽介ら、そうそうたる顔ぶれが揃う。78年に「夏のお嬢さん」が大ヒット。81年からミュージカル「ピーター・パン」に主演し、人気を不動のものとする。87年に渡辺徹と結婚、89年に第一子を出産した。
91年、フジテレビ系で「郁恵のお料理がんばるゾ!」がスタート。「新米主婦の郁恵が、料理の先生から料理の基本を教わる」という趣向で、平日夕方の5分番組だった。
番組開始から2年後の93年、佐々木はDとして加わった。
「大学4年で、野球評論家小林繁さんが経営する『ナインティーン企画』に入社して、その後、制作会社『ザイオン』へ移籍、ザイオンのP(プロデューサー)が独立して『Dコンプレックス』を設立する時に『一緒に来ない?』と引っ張られたんです」
そのPの担当番組の1つが「お料理がんばるゾ!」で、佐々木はDを任されることになった。
「番組の1コーナーでDをやったりもしましたけど、初めて“自分の番組”と呼べるものが『お料理がんばるゾ!』だったんです」
佐々木敦規(ささき・あつのり)1967年生まれ。演出家・映像ディレクター。フィルムデザインワークス取締役。「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!!」「とんねるずのみなさんのおかげでした」「IPPON GP」などのバラエティー、K-1やプロレスなど格闘技番組の演出を経て、ももクロのステージ演出を手掛ける。
取材・構成/茂田浩司(ライター&編集者)
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