スポーツ
Posted on 2024年03月09日 09:59

実は名将だった…松木安太郎がヴェルディ川崎で試した「時代の最先端をいく」手法

2024年03月09日 09:59

 Jリーグ開幕時のヴェルディ川崎を指揮し、リーグ戦連覇を成し遂げた松木安太郎氏。その後、セレッソ大阪と東京ヴェルディ1969の監督を務めたが、どちらも結果を出せず、短期間でチームを離れた。そのため、監督としての評価は高いとは言えない。

 だが、松木氏がヴェルディ川崎で作り上げたものは、当時としては最先端をいっていたことが明らかになった。

 松木氏はYouTubeチャンネル〈おじさんだけど、遊んでもいいですか〉に出演。ヴェルディ川崎でプレーした都並敏史氏、柱谷哲二氏、北澤豪氏と当時を振り返った。

 当時のヴェルディ川崎はブラジルスタイルと言われていたが、松木氏は、

「今ではブラジル人とヨーロッパの人が一緒にプレーしてチームを作るのは当たり前になっている。当時はちょっと贅沢だったかもしれないけれど、そこを目指していた」

 ブラジルにはこだわっていなかったというのだ。

 選手獲得についても、当時としては最先端の手法を取り入れていた。

「安く獲得できる外国人選手を探すため、南アフリカの選手を2人テスト生で呼んだことがある。その1人がマーク・フィッシュというW杯南アフリカ大会の時の南アフリカのキャプテン。彼が17歳の時にヴェルディに来たんだよ。800万円から1000万円で買えるから、いい選手になったら売ろうと考えていた」

 今でこそ若い外国人選手を安く獲得して、海外に高く売ることをどのチームもやっているが、当時としては画期的な考え方。それを松木氏はすでにやろうとしていたのだ。

 練習生だったフィッシュの獲得を首脳陣に訴えた松木氏だったが、必要ないと判断され、獲得は見送られた。松木氏は悔しさをにじませながら、

「急ぎすぎたのかも」

 監督としての評価とは違い、ゼネラルマネージャーとしては有能だったのかもしれない。当時はGMという役職が浸透していなかったのだが、その仕事がどんなものか知られていれば、松木氏の手腕は高く評価され、「名将」と呼ばれていたはずだ。

(鈴木誠)

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    政治
    2026年09月30日 20:00

    「再結集した公明としての新しい出発になる」記者会見で党勢拡大への意欲を示したのは、公明党の西田実仁幹事長だった。中道改革連合の分裂に伴い、離党した公明党出身の衆院議員28人が間髪を入れずに、元の所属先へと復党した。これで衆参両院合わせて49...

    記事全文を読む→
    女子アナ
    2026年10月04日 11:15

    宮根誠司アナが司会の「情報ライブミヤネ屋」(日本テレビ系)が10月2日に放送開始から約20年で最終回を迎えた。読売テレビ制作の関西ローカル放送として、2006年7月31日にスタート。2008年3月31日から全国ネット放送を開始すると、一時期...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    政治
    2026年10月05日 11:30

    アメリカ・トランプ大統領との首脳会談の場を利用し、高市早苗首相への的外れな口撃に終始したのは、中国の習近平国家主席だ。日本のメディアは米中双方が「同盟」という言葉をどう使ったかなどと、表層の言葉尻を捉えて大騒ぎしているが、完全に本質を見誤っ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/9/29発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク