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記事全文を読む→巨人暗黒史「雨の札幌・円山球場ランニング事件」知られざる真相を屋舗要が全告白!「堀内ヘッドが川相ブン殴り」の舞台裏
プロ野球において、選手と首脳陣がぶつかることはたびたびあるが、巨人には「雨の円山球場ランニング事件」なる大トラブルがある。
それは1998年7月8日。広島との札幌2連戦2日目は、朝から降り続ける激しい雨のため、デーゲームは開催されるかどうか、という状況だった。
そんな中、巨人ナインは首脳陣から、グラウンドでのランニングを命じられたのである。ずぶ濡れになりながら外野を走る選手たちがベンチに戻ると、怒りに任せてパイプイスを投げつける者がいた。選手会長の川相昌弘も、イスを蹴り飛ばすと、堀内恒夫ヘッドコーチが「なんだ、その態度は!」と激高して川相を殴打した…。
実はこの事件には「舞台裏」があった。当時、外野守備兼走塁コーチだった屋舗要氏が、岡崎郁氏のYouTubeチャンネル「アスリートアカデミア【岡崎郁公式チャンネル】」で、真相を明かしている。
「札幌遠征の円山球場で大雨が朝から降ってて(試合が)中止になっちゃったんだけど、せっかくファンが球場の周りを取り囲んで隙間から見てるから、(ファンサービスで)『よし、ランニングしろ!』とランニングをさせてしまったんだよな、大雨の中。隙間から(ファンが)見てるから、その姿を見せてあげろと」
昼食は既にホテルに届いており、選手がランニングから上がってきたらすぐに昼食にするので、コーチ陣は先に済ませてほしいとの要望が、球団マネージャーからあったという。
「川相たちがずぶ濡れになって帰ってきて、俺たちが先に食事したってことに『俺たちが雨の中、濡れてるのに!』ってキレてしまって。堀内恒夫ヘッドコーチと大喧嘩になったよ」
選手が怒る気持ちはよくわかるが、「ファンサービスだから頼む」とひと言、説明しておけば、事件は起きなかったのかもしれない。
屋舗氏はもうひとつの「事件」も暴露。1994年に横浜から巨人に移籍してきた際、「長髪、茶髪、ヒゲは禁止」という巨人の規則に従って、トレードマークの口ヒゲを剃るつもりでいた。ところが屋舗氏が明かしたのは、長嶋茂雄監督の意外な言葉だった。いわく、
「ジャイアンツの選手っておとなしいと思わないか。スカートはいて野球やってやがんだよ、こいつら。ヒゲ絶対、剃るなよ」
なんと、屋舗氏にヒゲのままプレーするようにと、「禁破り」を命じたのである。実は長嶋監督の「スカート発言」は、これが初めてではなかった。
1979年8月1日の広島戦、6点リードから終盤になって、西本聖、角三男が制球の乱れからストライクが入らず、8-8の引き分けでゲームセット。宿舎に戻った2人は長嶋監督から、
「打たれたって命まで取られるわけじゃないだろ。スカートはいて野球やってるのか!」
と叱責を受けた。
屋舗氏が入団した時の巨人軍は、この時のような雰囲気だったのかもしれない。
ミスターの言う通り、口ヒゲを剃らずにプレーした屋舗氏。ほぼ時を同じくして、村田真一、入来祐作、杉山直輝らもヒゲを生やすようになった。
「巨人軍は紳士たれ」という、巨人の初代オーナー・正力松太郎氏の遺訓の象徴が「長髪、茶髪、ヒゲ禁止」とされるが、この言葉に最も反発を覚えていたのは、実はミスタージャイアンツだったのかも。
(所ひで/ユーチューブライター)
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