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記事全文を読む→毒蝮三太夫“人生90歳からだろ”「卒寿のマムシ酒」〈追悼!!美輪明宏「銀巴里」初デート〉
しかし、暑いなぁ。お盆が終わるってえと、昭和の時分は鈴虫が鳴き始め、秋の気配を感じたものさ。風流なものだったよ。
ところが今はどうだい。風鈴が鳴るたびに騒音公害でウルサイと文句を言う不粋なヤツがいる。打ち水なんぞしようもんなら、陽炎が立ちやがる。いったい、この地球はどうなってやがるんだい。えっ、なんか冷たいものでも飲んだらいいじゃないかって。そりゃあ、真っ昼間から生ビールといきたいところだが、俺もいい年。ビールは晩酌にとっておくとしよう。
お盆休みの最中、新盆を迎える美輪明宏さんのことをふと思い出してねぇ。今年の6月20日、91歳で亡くなった美輪さんは早生まれの俺と同級生。一見、接点がないように見えるだろうがそうじゃない。実はウチのカミさんと初めてデートしたのが銀座七丁目にあったシャンソン喫茶「銀巴里」。当時の「銀巴里」は、文化人のサロンと言われてね。三島由紀夫、吉行淳之介、野坂昭如、大江健三郎、寺山修司、なかにし礼たち錚々たるメンバーが集っていたな。
みんなのお目当てがシャンソン曲「メケ・メケ」が大ヒット、丸山明宏と名乗っていた頃の美輪さんってわけさ。なんてったってマスメディアから「神武以来の美少年」と崇められるほどの美少年だったからね。
ぜひ一度、俺もこの目で拝んでみたいと思ったわけよ。しかもステージで観る美輪さんは、聞きしに勝る美しさ。ユニセックスなファッションを身にまとい、艶麗な容姿で歌う美輪さんに思わず見惚れているとウチのカミさん、
「この人、そっちの人?」
そう思い込み、すっかり早合点しちまったわけさ。
言っておくが、俺はキレイなものが好きなだけなんだ。子供はいないがそっちの気はまったくないよ、念のため。うわっはっは。
おっと噺がそれちまった。盆休みになぜ、美輪さんのことを思い出したのか。それには深い訳がある。同い年の俺たちには語り継がなきゃならないことがあるんだ。あの忌まわしい戦争のことさ。
生まれも育ちも長崎の美輪さん。10歳の時、夏休みの宿題に御伽草子の「万寿姫」の絵を描いていて被爆したことは、テレビやラジオ、講演活動などを通して聞いたことがあるはずだ。もしあの時、美輪少年が絵の仕上がりを確認するために二、三歩下がっていなかったらどうなっていたか。割れた窓ガラスの破片が、美輪少年の命を奪っていたかもしれない。そんなことになっていたら、名作「黒蜥蜴」や「椿姫」「愛の讃歌 エディット・ピアフ物語」といった舞台はおろか、名曲「ヨイトマケの唄」も聴くこともできなかっただろうな。
俺だってそうさ。昭和20年5月、雨あられと降り注ぐ焼夷弾の爆風の中をお袋と走って逃げた。真っ正面から吹く熱風を浴びて苦しくて息ができず、目も開けていられず、
「母ちゃん。もう死んだほうがいいよ」
と駄々をこねた。すると、
「死ぬために逃げてんじゃないよ。生きるために逃げるんだ。生きて元気でいなきゃいけないんだよ」
そう叱咤激励して、大切に持ち歩いていた髪結い箱の中から水中めがねを取り出してくれた。もし、水中めがねがなかったら、間違いなく俺は逃げ切ることができなかっただろう。
あの時、お袋が水中めがねをなぜ持っていたのかは亡くなった今となっちゃあ、謎としか言いようがない。もしあそこでくたばっていたら、その後の毒蝮三太夫はなかったな。
至る所で戦争が起きている今、折に触れて幼少期の戦禍の記憶を言葉にするのは責務。そう考えているのは美輪さんも俺も同じだな。
毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)1936年生まれ。石井伊吉(本名)で「ウルトラマン」(TBS系)などに出演。「笑点」(日本テレビ系)2代目座布団運びでの出演を機に現在の芸名に改名。69年より出演を続ける「ミュージックプレゼント」(TBSラジオ)のほか、ユーチューブ「マムちゃんねる」でも現役で活動中
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