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記事全文を読む→〈新沼賢治〉レース鳩、バドミントン、亡き妻への愛を語る「ワガママな僕を支えてくれた頭のいい人だった」/直撃!70歳「アサ芸世代」の生き様
昨年デビュー50周年を迎えた新沼謙治(2月27日生)。歌謡界を走り続けたトップランナーの人生は、掛け値なしの愛に溢れていた。
「アサヒ芸能が70周年?おめでとうございます。いろんな雑誌の取材を受けてきたから、正直、どこだったかってあんまり覚えていないんだけどね(笑)」
そんな冗談を飛ばす新沼といえば、芸能界屈指の鳩好きである。その原点は少年時代まで遡る。
「年が8つしか離れていない叔父が兄貴のような存在でね、彼が鳩を飼っていたんですよ。戦後の田舎の家なんて何もないから、遠くまで飛んでいって戻ってくるという鳩の生態がおもしろくてね。鳩って調教しなくても必ず家に戻ってきますからね。たまに卵を産んで雛を育てると、親子で飛んでいって、また戻ってくる。でも鳩小屋に帰ってくるのではなくて、その中のそれぞれ決まった止まり木に戻ってくるんですよ」
歌手デビューして上京後も、鳩への熱は冷めなかった。鳩レースのトリコになるばかりだった。
「レース鳩は何百万円もしたりして、非常に値段が高い。ヨーロッパには自分の鳩と掛け合わせたい、血統のいいのもいるからね。でも買おうか悩んでいると『ケンちゃん、いいよ。あげるよ』って、譲ってもらえることがあった。それこそトータルで何千万円分と。芸能人という非常に恵まれた環境にいましたね(笑)」
スターの特権はあったようだが、常に100羽ほど、通算2000羽飼育しても、高価な鳩だから勝てるというほど甘い世界ではなかったようだ。
「そこそこの成績はいくんですけど、勝ち切れなかった。仕事もあるし、付きっきりで面倒を見ることができなかったですからね。動物ってやっぱり、規則正しい生活がいちばん大事。例えば3日間地方に仕事で出るからって、3日分のエサをやったりするのはよくない。僕が留守の時は妻の協力もあったけど、それができなくなってやめましたね。今でも空を見上げて、ふと鳩が横切るのを見ると、飼いたいなとは思いますけどね」
話に出た運命の伴侶・湯木博恵氏は、バドミントンの世界選手権で4度もチャンピオンに輝いたレジェンド。愛妻との馴れ初めは、鳩同様の“バドミントン愛”だ。
「そもそも故郷・大船渡の勤労青少年ホームでバドミントンをやっていて、歌手になってからも付き人はバドミントンのうまいヤツを選んで、暇さえあればやっていた。そんな趣味の延長で、東京で開かれた世界選手権に知人から誘われて、紹介されたのが湯木さんでした。NHKの解説で来ていたんです。挨拶をしたら、『もしよろしかったら、汗を流しに来てください』と練習に誘われたんですよ」
湯木氏の指導を受けるようになった新沼はメキメキと頭角を現し、ついに全日本シニアでベスト16にまで入る。あくまで師匠と弟子の関係ではあったが、その後、2人の距離はグッと縮まるのだった。
「僕が千駄ヶ谷に住んでいて、なんだか都会の暮らし、ビルの街に疲れて、イヤになっていた時期でね。のどかなところはないかと探していたら、彼女が住んでいた祐天寺が合致していた。そしたら『私が部屋を探します』って、見つけてくれたのが彼女の住まいから歩いて2分ほど。引っ越してから『ご飯作ったから一緒に食べる?』なんて誘われることが多くなって、最初は1カ月分とかお金を払っていました。でも、だんだん彼女が洗濯までしてくれたりして、気づけば『自分の一番の理解者なんだろう』って。芸能人ってすごくわがままだし、生活も不規則だけど、8つ上の彼女はものすごくきちっとしていて、頭もいいから受け入れてくれる。この人しかいないってね」
86年の結婚から四半世紀、幸せな生活が一変する不幸が2人を襲った。
「彼女が『首にコロコロした部分がある』と言って、築地の病院に行ったんです。『帰りに寿司でも食って帰ろうよ』って軽い気持ちで行ったら、いきなり1年の余命宣告をされました。もう頭が真っ白というか、真っ暗と言ったほうがいいのか、ショックでした」
時を経ずして東日本大震災が起こる。新沼の故郷も大きな被害を受けた。
そして11年9月、愛する妻は天国へと旅立った。
「あの年は寂しい、悲しい、とにかくつらかった。その後、ふだんの自分に戻るまで6年かかりました。女房の葬儀には教え子がいっぱい来て『人生を変えていただきました』と言ってくれたけど、彼女に人生を変えてもらったのはまさに僕だと思っています。彼女は白黒はっきりした性格で、悩むばかりの僕に『悩んでないで、決めちゃえばいいのよ』って常に背中を押してくれた。でも今の僕はデパートで買い物しても、迷ったら両方買っちゃいますね(笑)」
愛は不滅。全国各地を飛び回る新沼が、また同じ場所に戻ってくる歌手人生は今も変わらない。
新沼謙治:1976年、「おもいで岬」でデビュー。続く「嫁に来ないか」が大ヒットし、同年の新人賞を総ナメにし、「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たす。以後、紅白は通算13回出場。
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