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記事全文を読む→金難民〜金塊密輸に魅せられた人々〜〈第8回「ロレックス密輸ビジネスの瓦解。カードのローンだけが残った」〉(2)カジノでチップを現金に
その頃、A社は時計すら買わせなくなっていた。
香港からフェリーでマカオへ渡る。現地に駐在する女性と合流し、カジノへ連れて行かれる。そこでクレジットカードをチップに換える。
カジノではビザとマスターだけが使えた。しかもキャッシング枠ではなく、額の大きいショッピング枠で切れる。枠が足りなければ海外一時増額を申請させられた。100万円の枠が300万円になった。
「300万円分をチップにすると、手数料が5%ほど引かれます。現金に戻すのに2時間ぐらい並んで、285万円分の香港ドルが返ってきました」
その香港ドルを駐在する女性に預け、バイヤーは手ぶらで日本へ帰る。報酬はカードを切った額の6%、18万円だ。切った300万円は支払期日の5日前に店が渡す。
時計はどこにも介在していなかった。もう、密輸ですらなかった。バイヤーのカードを使った現金化にすぎない。
「その先はもう、知らないです」
元バイヤーの男は言った。
だが、その先の話も聞こえてきた。
駐在する女性は3億とも4億とも言われる現金をかき集め、香港で時計を買っている。その現金は、支払期日の迫ったバイヤーへの支払いにも回されている─バイトたちの間では、そう囁かれていた。
自転車操業である。現金で買えばディスカウントが効く。日本で270万円の時計が、香港なら260万円で手に入るという。
香港で仕入れた時計を運ぶのは、また別のバイトだ。香港へ日帰りで飛び、腕に2本着けて帰ってくるだけ。報酬は2、3万円だった。
「どう考えても赤字でしょう。でも、税金還付があるからでしょうね」
元バイヤーの男は、そう首をひねった。
A社はIという男が取り仕切っていた。このIについて、関係者が語っていたことがある。
「うちのおかげで他の店は潤ってる、と。頭が上がらないはずだ、と豪語してました」
他店に国税が入ったという話も、あえて口にしたという。中野の時計店には、還付に手を出さず真っ当な仕入れで商う店もあった。そうした店ほど、A社との取引を避けたがった。
「密輸品がどのぐらいあるのかって割合で言えば、A社は100%ですから」
A社の1日の売上は、仕入れに対して赤字。それでも還付は1日160万円ほどに達していた。I自身がそう吹聴していたという。
時計の売買はもはや、還付を受けるための手続きにすぎなかった。
被害者らが公開している記録によれば、Iは19年7月、千葉県警に逮捕された。ロレックス密輸の件だった。だが起訴には至らず、釈放されている。
20年4月、免税販売の手続きが電子化された。それまで紙の購入記録票で処理していたものが、国税庁への電子送信に切り替わる。誰に、いくらで、何を売ったか。すべてが即座に把握されるようになった。
「20年以降は税金還付がなくなる。だから大きい店はぜんぶ撤退する」
関係者は、Iからそう聞いていた。還付そのものは廃止されなかったが、電子化で偽装が難しくなることを、2年前から読んでいたことになる。
高木瑞穂(たかぎ・みずほ)ノンフィクションライター。月刊誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。主に風俗や犯罪事情を取材、執筆。「売春島『最後の桃源郷』渡鹿野島ルポ」(彩図社)、「ルポ 風俗の誕生」(清談社Publico)など著書多数。
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