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記事全文を読む→姫乃樹リカは歌がうますぎて…歌唱力を際立たせないように工夫した/「昭和歌謡」大ブーム…この超伝説アイドルを聴け!
アイドル全盛だった80年代も後半になると、音楽番組が相次いで打ち切りになり、89年には一世を風靡した「ザ・ベストテン」(TBS系)が終了。翌90年には「トップテン」(日本テレビ)、「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)も終了し、結果、70年代から続いたアイドルブームが終焉を迎えることになってしまう。
そんなタイミングでデビューした姫乃樹リカは、小学生時代に演歌好きな母親と毎週欠かさず「スター誕生」(日本テレビ系)を鑑賞。「いつか出たい」と思っていたそうだ。ところが番組が終了したため、電話帳で調べた各テレビ局に「子供が出られる歌番組はありますか」と電話をかけまくる。その結果、「東西対抗ちびっこ歌まね大賞」(テレビ東京系)に出場。これがきっかけとなり、小学校6年生だった12歳で芸能プロにスカウトされることとなった。
86年には、雑誌「Momoco」(学習研究社)6月号に登場。同年10月からは「モモコクラブ」(TBS系)に桃組出席番号1773番としてレギュラー出演することに。
そんな彼女のデビュー曲が、88年2月にリリースされたアニメ映画「めぞん一刻 完結篇」の主題歌「硝子のキッス」である。所属事務所「ピュアコーポレーション」は、発売元のキティレコードが彼女のために立ち上げた芸能プロ。その後、「キティアーティスト」へ移籍するが、そんなエピソードひとつとっても、トップアイドルの資質を持った姫乃樹に対する、並々ならぬ期待が感じられる。
姫乃樹の魅力は、なんといっても、そのアイドルらしからぬ抜群の歌唱力だ。当時、彼女のディレクターを担当した川瀬泰雄氏はネットニュースサイト「THE PAGE」の記事中(2022年10月20配信)で、次のように語っている。
「ビデオを見た瞬間『あっ、これは良い』と。そんな風に思わせてくれる歌い手はあまりいません。(中略)たかが可愛い子が『何歌ってんの』って雰囲気だったんですよ。それでまだ年齢が曲に追いついていないのかな?と悩んだ時期があって、アイドルからあまり外れない部分で、ぎりぎりテクニック的に難しい歌にトライしたりを繰り返しました」
つまり歌がうますぎるため、アイドル=歌がヘタというセオリーから外さないよう、あえて歌唱力をあまり際立たせぬよう気を配ったというのだから、驚かされる。
姫乃樹は95年3月に、無期限活動休止を発表。語学留学のため渡米し、翌年に結婚した。出産と子育てを経て19年に一時帰国し、11月には「姫乃樹リカ with THE COMING SOON!」名義で復活ライブを行う。今年9月には28年ぶりにマキシシングル「MAGIC」をリリースした。50代となった彼女の歌声を堪能してみてはいかがだろうか。
(大石怜太)
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