連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→「川上哲治ゴルフ会」に行くのが超イヤだった元巨人・新浦壽夫のぶっちゃけ話
「川上さんのV9杯っていうゴルフが毎年あったんですけど、行くたびにイヤなんですよ」
野球解説者・高橋慶彦氏のYouTubeチャンネル〈よしひこチャンネル〉に出演した元巨人の左腕・新浦壽夫氏は、そう切り出した。「川上さん」とは巨人V9時代(1965年~1973年)を築いた元巨人監督・川上哲治氏のことである。何がイヤだったのかというと、
「『川上さん、おはようございます』って挨拶はできるんですけど、全部終わって表彰の時、『お疲れさまでした』って言うと『おう、新浦か。ワシの時は17勝か。何…長嶋の時、50(勝)!?』って皮肉を言われるんですよ」
新浦氏は1968年ドラフト外で巨人に入団。71年に初勝利してから川上氏が監督を辞任する74年までには、川上氏の言う17勝ではなく、14勝した。一方、長嶋茂雄監督時代の75年から80年までには、57勝を挙げている。
V9時代の監督・川上氏と4番・ミスターのその後を巡っては、確執がよく噂されたものだ。80年、巨人が3位に終わると、ミスターは川上氏の意向で監督を辞任することになった、とも。
第1次政権の6年間でリーグ優勝は2度(76、77年)あったが、日本一を獲ることはなかったミスター。その責任を取らされた形なのだろうが、ミスターは続投に意欲を持っていたというだけに…。
今となっては思い出話として笑い飛ばす新浦氏だった。
(所ひで/ユーチューブライター)
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

