事件
Posted on 2026年05月30日 10:00

佐藤誠「取調室の裏側」〈未解決殺人の推理ゲームが横行。感情を削り宿命を背負う刑事道〉

2026年05月30日 10:00

 京都府南丹市で3月から安否が懸念されていた男子児童・安達結希さんは、山林で変わり果てた姿となって発見された。残酷な結末に関与した疑いで京都府警は養父・優季容疑者を逮捕し、追及を続けている。

 この事件の一報に接し違和感を覚えた。通常、家族が失踪すれば気が動転して冷静な判断力は著しく低下する。だが養父は、失踪の翌日には捜索ポスターを配布。「当日の服装」とされる写真には、児童が着用していない状態で撮影された衣類も含まれていた。手元にないはずの衣服をいつ、どんな意図で撮影したのか——。

 その手際のよさは、準備されたシナリオの存在を強く物語っている。それに加え、血のつながらぬ養父とはいえ、同居する児童を「くん」付けで書くよそよそしさ。客観的な「他者」を演じようとする作為を感じずにはいられない。

 不可解な児童の失踪は、連日ワイドショーで報じられ、社会の耳目を集めた。俺もSNSで事件の「筋読み」を発信したところ、動画再生回数は150万回を超える事態に。それだけ世間の関心の高さが窺える一方で、養父が逮捕されるまでの狂騒には、拭いがたい居心地の悪さを覚えた。世の喧騒はあたかも「推理ゲーム」に興じるかのように、浅薄な憶測を積み上げていたからだ。

 素人の「捜査ごっこ」と俺の筋読みを同列に扱われては困る。こちらは警視庁捜査一課で培った経験と直感に基づく、「科学的な事態の分析」だ。根拠なき邪推とは、本質的に一線を画すものだと自負している。ただ、俺の視点がある種の「歪み」の上に成り立っていることは否定できない。

 人の死を日常的に扱う刑事には「慣れ」が不可欠だ。殺人、事故死、自殺‥‥命が失われた現場で、その凄惨な過程や遺された者の悲痛な叫びと幾度となく対峙してきた。

 弱音でも吐こうものなら、上司から「使えない」と失格の烙印が押されるのが警察組織だ。だから刑事は「慣れる」のではなく、「慣れているフリ」を真っ先に覚える。

 今でも脳裏から離れない光景がある。独特な死臭、網膜に焼きついた最期の表情、やりきれない理不尽さ。それが不意にフラッシュバックしても、家族にも語れない。その記憶を、刑事は作り笑顔と仕事終わりの酒で飲み込むしかない。

 特に取調官ともなれば、その「仮面」をより分厚く強固なものにする。卑劣な凶悪犯であろうとも、込み上げる憤りは表に出さない。「体調はどうだ。今日もよろしくな」

 そんな軽口から始めて相手の懐に入り込み、警戒を解く。取調室で私情に流されれば、ホシの心の揺らぎを見逃し、落とすことはできない。

「ただの事件」と自分を論して処理を重ねるうちに、人としての感情は削られる。その「代償」を宿命として受け入れることが、刑事というプロの矜持なのだ。

佐藤誠(さとう・まこと)警視庁捜査一課殺人犯捜査第一係、通称「サツイチ」の元取調官。1983年、警視庁入庁。2004年に捜査一課に配属。『伝説の落とし屋』と呼ばれる。「木原事件」で木原誠二氏の妻・X子さんの取調べを担当。2022年に退官。

佐藤誠の相談室
https://satomakoto.jp/

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