-
-
人気記事
- 1
- 本人以外は得しないポスティング…佐々木朗希は西武・平良海馬の「男気メジャー移籍論」を見習え
- 2
- 「ボケ、分かったか!」横山やすしインタビュー中に「ブチ切れ罵詈雑言30分」衝撃で頭が真っ白に…
- 3
- 「激ヤセ姿」で契約更改…中日・井上一樹監督が最も苦慮しそうな中田翔「年俸3億円の処遇」
- 4
- 青学が勝った時と同じ!「3代目山の神」が分析した2冠・国学院大学の「箱根駅伝初V」展望
- 5
- 「大丈夫なのか」メジャー球界が歓迎しない中日・小笠原慎之介の「経歴」
- 6
- 生放送中のスタジオで「ドスン!」また倒れた小室瑛莉子アナ…フジテレビの女子アナ「使い倒し」
- 7
- 阪神・大山悠輔「FA移籍」が現実味を帯びて「大本命=巨人・大穴=西武」の球団事情
- 8
- フジテレビ・小室瑛莉子「体調不良から復帰」でわかった「女子アナが働く現場と給料」急転回
- 9
- 「妊娠と出産は女性を賢くする」「ガンを防ぐ」習近平が推進する「ドアホ少子化対策」に中国女性が一斉反発
- 10
- 配信者との恋愛はアリ? 既婚者が楽しむのはナシ? 美女ライバーと覆面リスナーが語る「ふわっち」セキララトーク
-
急上昇!話題の記事(アサジョ)
-
働く男のトレンド情報(アサ芸Biz)
-
-
最新号 / アサヒ芸能関連リンク
-
-
厳選!おもしろネタ(アサジョ)
-
最新記事
-
アーカイブ
-
美食と酒の悦楽探究(食楽web)
甲斐バンド
芸能
5度目の「再結成」で弁明した甲斐バンド「もう解散しない」宣言/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
74年にデビューし、「HERO」「安奈」などのヒット曲で知られる甲斐バンドが解散したのは、86年だった。その後たびたび「再結成ライブ」を行ってきたが、08年、ついにバンド活動に終止符を打つべく、「解散ライブ」と銘打った22年ぶりの全国ツアー…
芸能
“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<最終回>甲斐バンド(3)
79年1月1日、新年の時報とともに、すべての民放から同じ曲が流れた。セイコーのCMに使われた「HERO(ヒーローになる時、それは今)」である。楽曲だけでなく、メンバーが映像に出演するインパクトもあり、初のチャート1位を獲得。まさしく、彼ら自…
芸能
“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<最終回>甲斐バンド(2)
西田四郎が甲斐の存在を知ったのは、チューリップの財津和夫から渡された1本のテープである。そして財津は告げた。「すぐにウチと契約したほうがいいよ」甲斐の獲得を巡っては、吉田拓郎やかぐや姫を擁した「ユイ音楽工房」も名乗りを上げた。それを「シンコ…
芸能
“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<最終回>甲斐バンド(1)
日本のロック史において、比類なき存在感を誇ったのが甲斐バンドだ。傷つき羽根折れそうな思いを詞に込め、強靭なサウンドとともに雄々しく立ち上がる。やがて前例のないライブ会場を次々と制覇し、後進たちに多大な影響を与えた。そして、誰よりも博多の街を…
芸能
“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<第6回>チャゲ&飛鳥(3)
恭平は、チャゲアスと同じく「博多第二世代」と呼べる、長渕剛とも親友である。「剛にも飛鳥にも共通するのは、ちゃんと女の子が共感できる歌を書けること。飛鳥にはレコードになっていない曲もたくさんあるけど、剛よりもさらに可能性を感じた」そして才能は…
芸能
“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<第3回>長渕剛(2)
西田は長渕とともに、博多にあるヤマハ系列のスタジオをデモテープ録りに使っていた。「その近くのそば屋から出前を取っていたんだけど、それを運んでいたのがデビュー前の永井龍雲だったんですよ」龍雲は長渕と同じ78年にデビューし、翌年にはグリコのCM…
芸能
“日本のリヴァプール”博多スーパースター列伝<第1回>井上陽水(1)
その街は「日本のリバプール」と呼ばれ、全国のスカウトマンが“原石”を探しにやって来た。日本でも稀有なスターの産地、それが「博多」である。70年代のフォーク&ロックに始まった潮流はアイドルや演歌にも幅を広げ、今なお宝庫として君臨する。そんな歴…