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体をなげうって演じた濡れ場
〈なめたらいかんぜよ!〉
土佐弁による怒りのタンカは日本中を揺るがす流行語となった。宮尾登美子の女流文学をもとに、五社英雄が監督を務めた82年の大ヒット作「鬼龍院花子の生涯」である。
実はこのセリフは原作になく、後から書き足したと脚本の高田宏治は言う。
「五社監督が提案しても東映はなかなかOKしなかった。企画から1年以上、ようやく仲代達矢や岩下志麻が出ることでクランクインになった。そんな五社監督の心中もあって『なめたらいかんぜよ!』ってセリフを重ねたんです」
さらに、ヒロインの松恵役も当初から夏目雅子ではなかった。梶芽衣子が名乗りを挙げたり、内定した大竹しのぶがキャンセルしたり、紆余曲折を経て決まった役だった。
同作には仲代達矢との濃厚な濡れ場があるが、事務所の反対を押し切って演じたと高田は言う。
「本人は『体をなげうってやります』と言っていたからね。その覚悟があって、あれほど出色のシーンになった。それに美人女優が任侠モノをやるきっかけになったよね」
高田は撮影中の雅子らと、何度か祇園の夜を過ごした。雅子は、とにかく酒を飲み、明るく酔う姿が印象的だった。
「デュエットをやるのでも、1つのマイクに顔を近づけてくるんだ。あの瞬間、どんな男でもフラフラッとなってしまうよね」
映画としての雅子の遺作は、同じく監督・五社英雄、脚本・高田宏治の「北の螢」(84年/東映)である。ナレーションのみだが、五社監督が熱望しての参加となった。
この映画が公開されたころ、雅子は作家・伊集院静と結婚する。長く続いた不倫を経ての結婚に、母親の小達スエは賛成していなかったが、ある日、知人にこう漏らしている。
「2人が京都でおそばを食べていたら、隣の席のカップルが伊集院さんのことをささやき出した。それを聞いて雅子は『私がこの人を守っていく』と強く思ったのよ。そうなったら、もう止められないわ」
ただし、2人の新婚生活は1年も持たず、雅子は85年2月の舞台公演中に倒れ、入院の結果「急性骨髄性白血病」と判明。本人には知らせぬまま闘病生活が続き、伊集院はすべての仕事を辞して看病にあたる。その看病も空しく、9月11日に27歳の生涯を終えた‥‥。
田川もまた放心状態となり、死の前年まで撮っていた写真の数々も手つかずのままだった。やがて12年の歳月が経ち、田川は小達スエにバストトップが見える写真も含め、カレンダーとしての使用を直訴する。
「カメラマンとしての僕もそうだけど、これは雅子ちゃんが魂を込めて打ち込んできた仕事の集大成。これを世に出させてほしいと、2時間かけて懇願しました」
雅子が亡くなった後も長いつきあいだったことから、スエは田川の申し出を了承した。さらに01年の十七回忌には「HIMAWARI」という写真集に昇華する。
「最初のページが枯れたひまわり、そして最後のページに満開のひまわりを置いたのは“再生”へのメッセージです」
夏目雅子が眠る山口県防府市の墓地には、今年もひまわりが咲き誇る季節となった─。
アサ芸チョイス
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