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記事全文を読む→白鵬「ライブ相撲マンガ」、4歳で初めて触れた大相撲が育んだ「日本への興味」!
辛い稽古の合間に、宮城野部屋の屋上に上がり、モンゴルの父と母を思い出す日々。“この空はモンゴルの空へとつながっている”…そんなふうに感じながら、屋上で泣いていた少年時代の白鵬は、そもそもどのようにして大相撲と出会ったのだろうか。白鵬が語る。
「私は5人兄弟(兄が1人、姉が3人)の末っ子で、父親が44歳の時の子供でした。どこに行くにも父親と一緒。夜は川の字になって両親の間で寝ていました。子供というより孫みたいに可愛がってもらいました」
1985年(昭和60年)3月11日、白鵬ことムンフバト・ダヴァジャルガルは、モンゴル相撲の大横綱ジクジドゥ・ムンフバトと女医ウルジーウタス・タミルの5番目の子供として誕生。愛称ダヴァは、両親の愛情を受け、すくすくと育っていった。
そんなある日、ダヴァは珍しい本を手に取ることになる。ダヴァは、父親に訊ねる。
「これって何ィ?」
「それは日本(ヤポン)の相撲(ブフ)の本だ!」
青いまわしを締めた横綱・千代の富士が表紙に載っていたその本は、父親が日本に行った時に買ってきたものだった。白鵬が、初めて日本の大相撲に触れた瞬間である。時に白鵬4歳。
そしてレスリング、バスケットボールにも打ち込んだ少年時代だったが、いつしか大相撲に、日本に興味を持ち始め、「(日本に)行ってみたい気持ちはいつしか絶対に行くという気持ちに」変わり、ついに、白鵬は…。
気になる同時進行相撲マンガ「白鵬本紀」第15番「モンゴルの少年時代」は8月17日発売の「週刊アサヒ芸能」8月26日号に掲載。乞うご期待! はっけよい!!
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