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記事全文を読む→萩原流行を事故死させた警察車両の卑劣な「真相隠し」に怒りの告発/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
そもそもマスメディアの役割というのは、世の中の不正を明らかにし、名もなき人たちの声を届けることにある。それが国家権力による事実隠蔽とあれば、なおさらのことだ。
萩原流行が愛車のハーレーダビッドソンで都内の青梅街道を走行中、左から車線変更しようとした車に進路を塞がれ、転倒。右車線にハミ出し、後続車に轢かれて死亡するという痛ましい事故を、今も覚えている人は多いだろう。15年4月22日、まだ62歳だった。
彼の前に飛び出してきたのは、警視庁高井戸署に勤務する57歳が運転する護送車。だが警察は当初、「ワンボックスカー」とするだけでその事実を発表せず、死体検案書にも死因「不詳」、受傷から死亡までの期間も「不詳」と記載した。
警察の不透明な説明に不信感を抱いた萩原の妻・まゆ美夫人は、月命日にあたる15年5月22日に、弁護士同伴で記者会見を開いた。
記者会見にはメディア側からの要請に応える形のほか、このような「告発」も少なくないが、亡くなった芸能人の妻が警察を「告発」するとは、穏やかではない。筆者もさっそく会見場に駆けつけた。夫人はこう訴える。
「事件から1カ月。捜査の進展が何も伝わってきません。何がどうなって、どういう状況で死んだのか、まったくわかりません」
弁護士も続けた。
「現場近くのコンビニに設置された防犯カメラ映像も、保存しておいていただきたい。警察は事実関係を夫人にもマスコミにも公開し、公正な捜査がなされるよう、ぜひ皆さんのお力をお借りしたい。それがこの会見の目的です」
すると会見を受け、警視庁が突然、本庁交通部を動員。萩原の司法解剖を行い「うつ症状」を抱え通院中だった医療機関にカルテを提出させるなど、捜査をスタートした。だがその姿は、被害者の過失を見つけるため、必死になっているように思えた。
結局、記者会見から1年を経た16年8月、警察車両を運転していた警部補には、自動車運転処罰法違反(過失致死)罪で罰金70万円の略式命令が下された。だが、納得できない夫人は民事裁判を起こし、最終的に警察が「遺憾」という表現を入れて謝罪。賠償金を支払う形で和解したのが19年3月19日だった。衝撃の事故死から3年11カ月後のことである。
同年7月、「爆報!THEフライデー」(TBS系)にVTR出演した夫人は、萩原の遺骨を神奈川・湘南の海に散骨したとして、
「夜中に2人でよくドライブで来ていた場所。子供がいないし、(散骨は)昔から決めていたことで、けじめが全部ついたら散骨をしようと思っていました。4年かかりましたけど、やっとここに来ることができました」
番組への出演については、
「応援していただいたり、心配していただいたりしたので、どういう形で終わったのか、報告だった」
と話す夫人。彼女の気持ちから悲しみが消えることはないかもしれないが、その頑張りに天国の萩原が目を細めていたことは間違いないだろう。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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