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記事全文を読む→生誕90年 立川談志と最後の弟子〈初めて書く「イリュージョン」な日々〉(7)落語ってのはな無駄を省くんだ
思えばタクシーの中では色々なことを指摘された。私は北海道生まれなので訛りに苦労した。
「おい、明日は3時でいい(3時に来てくれ)」
「はい」
「それはどっちの『はい』だ?」
声が高いからか訛ってるからかどちらもなのか、「はい」の「い」の音が高くなってしまい、肯定の「はい」ではなく、疑問符のある「はい?」に聞こえてしまうことがよくあった。当然師匠である談志には全肯定なので、「はい?」などと生意気に答えるわけはないのだが、落語は言葉の音を大事にするので気をつけた。また、ある時の会話ではこんなのもあった。
「おい、メガネあるか」
「メガネあります」
「ありますだけでいいんだ、無駄があるだろ、落語ってのは無駄を省くんだわかったな、メガネあるか」
「あります」
「わかったか」
「はい」
「どっちの『はい』だ」
「申し訳ございません、肯定です」
「気をつけろ」
「はい」
懇切丁寧に正してくれたのは、本当に有り難かった。どうにか「はい」の音は直ったが、無駄については最後まで直らないので、談志もついに諦めた。
「その無駄が何かになるかもしれねえな」
おかげさまで無駄な会話だけを集めた新作落語を作り、最近では渋谷らくごさんで賞(2019、2024年に創作大賞受賞)までいただいた。談志は弟子を育てるのが抜群に上手い師匠なのだ。
立川流は上野広小路亭さんで落語をやっている。現在は毎月17日の昼夜となっいるが、私の頃は11日~17日の7日間の興行だった。着物の畳み方、太鼓、お茶の淹れ方などを教わる。
前座の先輩で桂文字らという人がいた。故・桂文字助師匠の預かり弟子で、築地で働きながら落語をやっていた。おそらく前座でアルバイトをしていたのは、私と文字ら兄さんだけだったと思う。広小路の落語会が終わると、よく回転寿司に連れて行ってくれた。美味そうに生ビールを飲む姿が、とても印象的だった。
「僕はねえ、落語が好きなんだよ、君もだろ」
「はい」
「助六師匠の『虱(しらみ)茶屋』が大好きでね、初めて聴いて大笑いしたんだ」
踊りの名人、八代目雷門助六師匠が得意にしていた『虱茶屋』。虱が体に這うのを音楽に合わせて踊りながら潰していく噺で、表情から動きから何から面白い。
「私もビデオで見たことあります」
「ビデオ? 僕はラジオで聴いたんだよ」
「ラジオ?」
『虱茶屋』は確かに面白いが、綺麗な所作やおかしな表情を楽しむもので、ラジオでは正直楽しめないのではないかと思った。とはいえこの世界は先輩が正しいし、久しぶりの回転寿司が嬉しかったので、黙って鮪を食べていた。
「ラジオで大爆笑しちゃってさ、生ビールおかわり」
赤ら顔で幸せそうな兄弟子の姿を見て、同じアルバイトでも築地で働くと回転寿司が食べられるのだなと思った。文字ら兄さんは現在落語家を辞め、東京演芸協会に入り「習志野ごんべぇ」という名で漫談家として活動している。久しぶりに会いたいものだ。
立川談吉(たてかわ・だんきち)1981年12月14日生まれ。北海道帯広市出身。2008年3月に立川談志に入門。11年6月に二ツ目昇進。12年4月に立川左談次門下へ。18年7月に立川談修門下へ。26年3月1日に真打昇進「立川談寛」襲名予定。
写真/産経ビジュアル
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