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Posted on 2026年02月22日 10:00

生誕90年 立川談志と最後の弟子〈初めて書く「イリュージョン」な日々〉(6)「吐くほど気を遣え」とは

2026年02月22日 10:00

 談志がどうしたら快適なのか、どうしたら不快なのか―談吉は毎日考えていた。それこそ、夢の中にまで師匠が現れるくらいに。前座時代、付き人としてあらゆる場所で叩き込まれてきた談志流の教え。破天荒な日々を振り返る。

「師匠! 高木ブーですよ! 高木ブー!!」

「雷様」の御本尊を生で拝し、興奮を抑えきれない私を眼前にし、談志は、捕食される寸前のインパラを眺めるがごとく眉を顰めた。

「うわぁ、高木ブーだ!」

 これは前座時代の一コマだが、当時、特にお金がなかった。江戸っ子は宵越しの銭を持たないなんて言うが、持たない以前に稼ぎがなかった。普通は二つ目の兄さん方のお手伝いをしたり、偉いお師匠様の背中のネジを巻いたりして、何らかのお給金らしきものを貰い、生活をするのだが、私はそういったお仕事をあまりいただけなかったのだ。

 この頃、談志の前座が私一人しかいなかったので、テレビやラジオの付き人はもちろん、お庭の草むしりにちょっとしたお使いから徳川埋蔵金探しなど、ほとんどの雑用を引き受けていた。

 ひとたび談志からお呼びがかかれば、一年三六五日、雨降り、風間、病み患い、アイアイサーと駆け付けなければならない。兄弟子の着物を畳んでいる途中だろうが、偉いお師匠様のギアに油を差していようが、放っぽり出して行ってしまう。その上、呼んだところで大した仕事も出来なかったのだから、兄弟子達がわざわざ使う理由がなかった。

 二つ目の兄さんやお師匠様方について、旅の仕事に行ったりしてる先輩前座を見て、ちょっといいなとは思ったが、自分は談志の弟子なんだからと思えば、羨ましさより誇らしさが勝った。

 金がないのは首がないのと同じ、貯えもなかったのでアルバイトをしながらの前座修業となった。オリジン弁当さんで月~金の週5日。時間は談志が確実に寝てるであろう朝の6時~9時の3時間だけ。時給は大体1000円くらいだったような気がする。1日3000円で週1万5000円、月にすると7万5000円くらいか。家賃が4万円で、携帯電話が1万円に水道光熱費5000円、それに加えて立川流は上納金制度があり月2万円をありがたく納めていたので、これでピッタリ7万5000円となる。

 今考えるとこれでどう生活していたのかと疑問である。霞を食べて暮らしていたのかもしれないと思ったが、おそらく兄弟子の皆様やお客様方に食べさせてもらっていたのだろう。ありがたい話である。何か問題があればいつでもバイトをやめるつもりだったが、何事もなく前座の3年間続けることができた。貧乏暇なし手間なしブライト、昔の人は上手いことを言ったものだ。

 朝はアルバイト、昼から夜まで立川談志という前座生活が始まった。

「いいか、吐くほど気を遣え」

「はい」

 タクシーの中で気を抜いている私を見て危うさを感じた談志が、念を押すように強く言った。はいと返事はしたものの、吐くほど気を遣うにはどうすればいいのか。わからないので先に吐いてから考えようと思ったが、胃の中に何もなかったのでとにかく気を遣うことに集中した。

 談志がどうしたら快適なのか、どうしたら不快なのかを毎日考えていた。その甲斐もあってか、ある日とうとう夢に談志が出てきた。夢の中、オリジン弁当に談志が抜き打ちで視察に来たのである。

「このキャベツ誰が切ったんだ」

「私です」

「馬鹿野郎、腐ってんじゃねえか」

「申し訳ございません」

「切り方もよくねえ、どうやってんだ」

「包丁で」

「当たり前だ、馬鹿野郎、切ってみろ」

「(猫の手で押さえて)トントントン」

「だめだ、猫の手にすんじゃねえ、猫がキャベツ食うか、食わねえだろう。キャベツ食いそうなやつにしろ」

「何の動物で」

「それぐらいてめえで考えろ」

「キャベツ、キャベツ、キャベツ‥‥キャベツ!!」

 よほど精神が疲れていたのか、キャベツと叫んで目が覚めた。

 入門して3カ月、吐くことはなかったが、談志のそばにいる時はガチガチに緊張していた。しかし、人間硬くなりすぎると自由に動けなくなるものだ。ポンコツに磨きがかかりスクラップになりかけた頃、何かの野球漫画で読んだ遊撃手のポジションについての解説を思い出した。足を開いて膝を緩め上半身をリラックスさせておくことで、どこから球が飛んできても対応できるようにする、集中はリラックスだ、と。これだと思い早速実践した。

 落語会の会場やテレビ局の楽屋などの場所で、足を開きはしないが膝を緩め、肩の力を抜いて、どこから球が飛んできても取れるようにした。表情筋も緩め、自然な笑顔を心がけ、リラックスした。ある日などリラックスし過ぎて、鼻からちょうちんを出していたほどだ。兄弟子達からはとんでもない馬鹿野郎だと思われただろうが、実際その方が身の回りの雑用がスムーズに出来たのだから仕方がないのだ。

 談志も何かを感じ取ってくれたのか、ガチガチに緊張していた時より笑顔を見せてくれるようになった。ニコニコ笑っている人を見て怒るのも、バカバカしかったのかもしれない。ボーッと気を抜いているのと集中してリラックスしているのは、全く違うものだと学習した。

立川談吉(たてかわ・だんきち)1981年12月14日生まれ。北海道帯広市出身。2008年3月に立川談志に入門。11年6月に二ツ目昇進。12年4月に立川左談次門下へ。18年7月に立川談修門下へ。26年3月1日に真打昇進「立川談寛」襲名予定。

写真/産経ビジュアル

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