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記事全文を読む→生誕90年 立川談志と最後の弟子〈初めて書く「イリュージョン」な日々〉(3)談志の“笑顔”に送られた不審者
「何かあるんだろう、言ってみな」
ここで自分が何を言ったかは覚えていない。極度の緊張のあまり般若心経を唱えていた可能性もある。その間、談志は手洗いうがいをし、歯磨きをしたかと思うと舌磨きをしながらえずいていた。思い返せば興奮している鉄砲玉が落ち着くまで待っていたのと同時に、どういう人間か見定めていたのかもしれない。
「ぎゃーてーぎゃーてーぼーじーそわかーはんにゃーしんぎょー」
思いの丈を吐き出し、一息ついたと同時に、談志が目の前に胡座をかいて座った。
「俺は今、死について考えているんだ」
初めて会った不審者を相手に、腕を組んだり顎に手を当てたりしながら、身振り手振りで自みずからの年齢や現在の健康状態、死への向き合い方などを赤裸々に語る姿を見て、目の前にいるのが本当に立川談志なのだと思った。
「お前みたいなの、よく来るよ」
間違いなく断る時のセリフだと思ったが、同時にこんな不審者を何人も相手にしてきたのだなと感心した。自分は落語家にはなれないのだと思った。
「タイミングがいいよ、ツラも不快じゃないしな、6日に会があるからそこに来いよ」
「ありがとうございます!」
弾は当たっていた。
「今俺は72だ。今の俺を吸収したら面白いよ、俺の本読んでんだろ」
「はい!」
「何読んだ」
「現代落語論、談志百選、笑うべきか死ぬべきか翔ぶべきか‥‥」
「もういいわかった、いいよ」
「はい!」
「何かあると思ったんだ、滅多にない例だ」
「はい!」
「気をつけて帰んな」
「はい!」
「いいか、この感激を忘れるなよ」
「ありがとうございます!」
弟子入り志願というものは、おそらくどの落語家もしっかりと覚えているものだ。この時言われた「お前みたいなの、よく来るよ」という言葉は、実は私の落語で登場人物に言わせているが、恥ずかしいから演目は伏せておく。私の落語を聴いたことがある人は、あれかもしれないと見当がつく人もいるだろう。立川談志は言葉の魔術師であり、たった一言で人の心を鷲摑みにする。
だがこの日、私にとって最も印象に残ったのは言葉ではなく、見送ってくれた時の満面の笑顔だった。高座でいい落語が出来た時にお客様に見せるあの笑顔と同じだったのだ。
談志の何が凄いのかとよく聞かれることがある。「芝浜」「黄金餅」「富久」「やかん」などの演目を挙げる人がほとんどだが、私は笑顔だと思っている。毒を吐き、とんでもなく酷いことを言っても、あの笑顔にみんなやられてしまうのだ。
エレベーターに乗ってマンションの1階に降りた。
「チーン」
やはり談志が乗らないとエレベーターの音は変わらないようだった。マンションを出て何歩か歩いたところで感極まったのか、生まれて初めて両手を上げてのガッツポーズをした。
この三日後の1月6日、立川談志の落語会に行った。ご長男でマネージャーの慎太郎さんに烈火の如く怒られた。
「君ね、自宅に来るなんて非常識だよ」
全くもってその通りであります。礼儀と常識は弁えましょう。
立川談吉(たてかわ・だんきち)1981年12月14日生まれ。北海道帯広市出身。2008年3月に立川談志に入門。11年6月に二ツ目昇進。12年4月に立川左談次門下へ。18年7月に立川談修門下へ。26年3月1日に真打昇進「立川談寛」襲名予定。
写真/産経ビジュアル
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