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記事全文を読む→〈立川談志「最後の弟子・立川談吉」が書く「最期の時」〉第1回(2)「隠せ───!!!」の鬨の声
病室に戻ると空気が変わっていた。心電図や何やらのもろもろの機械が全て外されていた。改造手術はしなかったのだ。ベッドの上の師匠を見ると、本当に毒舌を飛ばしていたのかと疑うほど穏やかな顔をしていた。役目を終えた電子機器が速やかに撤去されるのを見て、病院にとって死は日常なんだと思った。
「さあこれからが大変だ」
慎太郎さんが強く息を吸った。何しろ亡くなったのは天下の立川談志だ。マスコミが毎日病院の前に張っている、下手をすると記者の方が雪崩のように押し寄せてくる。何よりお世話になった病院やご近所にご迷惑はかけられない。ではどうするか。死んだことを、隠すしかない。
「隠せ─────!!!」
心の中で皆一同に鬨ときの声をあげた。
「こちらです、通路は確保してあります」
医者の格好をした斥候が道案内をする。もしもの時のクーデターに備え、王族だけが知る秘密の抜け道を、遺体を乗せた搬送台が車輪を焦がしながら走っていく。通路を抜けると医者や看護師がズラリと待ち構えていた。
「今までありがとうございました、本当にお世話になりました」
「そんなことより急いでください、どうかご武運を」
斥候にご一同みんなで深々と頭を下げてお礼を申し上げると、あらかじめ用意してあった車に乗り込んで病院を脱出した。
小僧は何も知らないというか勘が鈍いので、師匠の仕事場があるいつもの根津のマンションに帰るのだと思っていた。マンションの前には早くもマスコミの車が来ていて、一階にある煎餅屋さん(八重垣煎餅)の大将が取材を受けている様子が窓から見えた。
「談志師匠はどうですか」
「なんだいどうってのは」
「何か聞いてませんか」
「なんでも聞いてるよ」
「亡くなったりしてませんかねえ」
「ピンピンしてるよこの間お見舞いに行ったもの」
「それで談志師匠どうでした」
「なんだいどうってのは」
「だからなんか聞いてませんか」
「なんでも聞いてるよ」
「亡くなってませんか」
「ピンピンしてるよこの間お見舞いに行ったもの」
「どうでした」
「なんだいどうって」
当たり前だが本物の煎餅屋さんはこんな酔っ払いみたいな会話はしない。下町の人情溢れる人のいい人なので、冷や汗かきながら応対してくださったのだと思う。
この煎餅屋さんに談志は大変お世話になっていて、お客様の対応から宅配物の預かりまで何でも頼んでいた。もしかすると煎餅屋さんとは世を忍ぶ仮の姿、闇の組織の住人で陳列棚の裏にはサブマシンガンやロケットランチャー、煎餅型手榴弾などが隠してあるかもしれない。
かねてより予定してあった、とあるマンションの一室に師匠を運び終えた。
「ここまで運べばもう大丈夫だよ」
「すごいね、マスコミ来てたね」
「病院にもいたし」
「もうわかってるのかな」
「どうだろうね」
ご家族の皆さんがそんな会話をしていた。
小僧が一息つこうとベランダに出ると、師匠の弟の由雄さんがいた。由雄さんは立川企画の元社長で一部の人には鬼の如く恐れられていた。談志にモノを言える数少ない一人で癖の強さに定評はあったが、自分にはいつも豪快に笑っている印象が強く残っている。
その由雄さんが一人、涙を流して泣いていた。見ないふりをしようと思ったがバッチリ目があったので、神妙な顔で会釈をして部屋に戻った。鬼の目にも涙という言葉が頭をよぎったが、赤鬼だって泣くのだから実弟が涙するのは必然だ。
小僧にはまだ仕事が残っていたので、涙を流すわけにはいかなかった。
立川談吉(たてかわ・だんきち)1981年12月14日生まれ。北海道帯広市出身。2008年3月に立川談志に入門。11年6月に二ツ目昇進。12年4月に立川左談次門下へ。18年7月に立川談修門下へ。26年3月1日に真打昇進「立川談寛」襲名予定。
写真/産経ビジュアル
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