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記事全文を読む→【世界の「最凶独裁者」列伝】アメリカに拘束されたイラクのフセイン大統領「絞首刑」までの独房生活「自作の愛の詩」をノートに綴り…
アラブ民族主義の旗手として国を近代化へと導く一方、恐怖政治と無謀な戦争で国民を地獄へ突き落とした、20世紀後半を象徴する独裁者。それがアメリカから「悪の枢軸国」と名指しされた、イラクの第5代大統領サッダーム・フセインである。
1937年、貧しい農家に生まれたフセインは、幼少期から叔父の影響を受け、アラブ民族主義に傾倒。ストリートギャングを率い、校長を銃で脅すなど、青年期からその暴力的気質は顕著だった。
1957年にバアス党に入党して以降、暗殺未遂事件による亡命や脱獄、果てはカイロ大学での法学履修など、波乱の人生を送ることに。そして1968年のクーデターで政権を奪取すると、従兄弟のバクル大統領を操り、自らは治安機関を掌握。警察国家イラクの礎を築くことになる。
1979年、大統領に就任したフセインは就任早々、党内会議で反対派を即座に処刑。その冷酷さを国内外に知らしめ、スターリンを崇拝し、秘密警察を張り巡らせた統治下で、国民は隣人すら信じられぬ恐怖の中で生きることを余儀なくされた。
一方、石油国有化で得た巨万の富を教育やインフラに投資、識字率向上や女性の社会進出を推進するなど、イラクの近代化に大きく貢献した。だがその全ては、権力を維持したいという自身のエゴによるものにすぎなかった。
「イランのイスラーム革命」を脅威と感じたフセインはイランへ侵攻し、1990年には石油欲しさに罪をでっちあげてクウェートへ軍を向け、湾岸戦争へと突入。
しかし、大量破壊兵器の保持を匂わせたことで、アメリカ大統領だったブッシュの逆鱗に触れ、自らの首を絞める結果となってしまうのである。
執行台に立つと「イラク万歳!」と絶叫して絶命
2003年には、ブッシュ大統領が「イラクは大量破壊兵器を隠し持っている」と断定。アメリカは多国籍軍を率いてイラクに侵攻した。イラクは3週間で敗北し、フセインは首都バグダッド郊外の民家の庭に「穴」を掘って潜伏する。これが米軍に発見され、独裁終焉を世界に強烈に焼き付けることになったのである。
拘束後、独房での生活は「残虐な独裁者」というイメージとは裏腹の、意外な素顔を見せた。異常なほどの潔癖症だったフセインは、乳幼児用のウェットティッシュで丹念に体を拭き、質素な独房を常に清潔に保ったという。
看護師が採血に訪れれば色目を使う余裕を見せ、FBI捜査官の尋問の合間には、高級スコッチとキューバ産葉巻を嗜み、時には自作の愛の詩をノートに綴っていたという。
そんなフセインが絞首刑に処されたのは、2006年12月30日。執行台に立った彼は「イラク万歳!」と絶叫し、最後まで「偉大なる指導者」という役を演じ切った。恐怖政治という罪の重さと一人の人間の脆さが交錯する、あまりに虚無的な終焉だった。
(山川敦司)
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