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Posted on 2026年10月18日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈球団創設初の最下位に沈んだ巨人が張本勲を獲得〉

2026年10月18日 06:00

 1975年12月11日午後、巨人は東京・大手町の読売新聞会議室で日本ハムから交換トレードで移籍してきた張本勲の入団発表を行った。

 だが、これは第一幕だった。その後、場所を球団事務所に移してオーナーの正力亨が張本に向き合って公開インタビューが始まった。第二幕である。

 監督の長嶋茂雄が見守っていた。

正力「趣味はなにかね?ゴルフなんかはやらんのかね」

張本「ゴルフはやりません」

正力「他のスポーツは? 将棋は? 碁は? マージャンは?」

張本「マージャンはやりません。野球一本でずっと必死にやってきました」

正力「こっちのほうはいけるんだろ(盃を持つゼスチャー)」

張本「ハイ、ほどほどです」

正力「キャンプの時は休日に飲むの?」

張本「いいえ、もっぱら寝るだけです」

正力「試合後は銀座、新宿に出るのかね」

張本「たまの散歩で休日なら。試合後は真っすぐ帰ります」

正力「新聞は?」

張本「スポーツ紙は全部、一般紙は読売を取っています」

 3人を約80人の報道陣が囲んでいた。誰もが、張本の答えと態度に下を向いて笑いを必死でこらえていた。

 張本の多芸多才は有名だった。将棋は有段クラス、マージャンも滅法強い、少林寺拳法の有段者でもある。

 そこにきて酒豪である。東映、日拓、日本ハム時代はキャンプ中、休日関係なしに若手を引き連れて豪快に飲んでいた。

 張本は緊張していたが歯切れがいい。それもそのはずだ。浪商時代には校内弁論大会で2度優勝している。

 正力は満点の回答に顔をほころばせた。

 日本ハムの主砲に大きな転機が訪れたのは75年のオフだった。少年時代から憧れていた巨人への移籍である。

 この年、新人監督の長嶋率いる巨人は34年のプロ野球創設以来、初めて最下位に落ちた。

 長嶋引退後の巨人はチーム打率が2割3分6厘でセの6球団最低だった。4番は王貞治で打率2割8分5厘、33本塁打、96打点を挙げている。

 だが、3番・淡口憲治は42打点、5番・末次利光も46打点で2人を合計しても王に8打点足りない。

 王を打線の中で孤立させないためにも特に実力を持った3 番打者が欲しい─。

 巨人は日本ハムの「安打製造機」、35歳の張本に照準を絞った。

 パ・リーグで新人の59年以来、この75年まで首位打者7回、通算打率は3割2分2厘、シーズン最高出塁率9回を数えた。

 これ以上の3番打者はいない。

 当時、日本ハムは前身である東映色の一掃を図り、大杉勝男、白仁天、大下剛史たちを次々と放出していた。この状況に張本も移籍を熱望していた。

 巨人と日本ハムの思惑が一致した。巨人から交換要員は左腕・高橋一三と長嶋の後継者と期待された富田勝だった。

 だが、日本ハム最後の75年、張本の打率は2割7分6厘だった。この時点でプロ17年間を振り返り、新人時代の2割7分5厘に次ぐ下から2番目だ。66年以降、9年間続けてきた打率3割台も切っていた。「巨人で活躍できるのか、終わりではないか」「ましてや対戦するのは初めて顔を合わせるセの投手たちだ」

 厳しい見方が多数を占めていた。

「暴れん坊軍団」の異名は、東映の流れを引き継いでいる。在日韓国人二世として生まれ、周囲の差別に立ち向かい、「なにくそ精神」を持つ根性の塊だ。

 若い時から喧嘩早く、ラフファイトで鳴らした。乱闘では常に主役だった。伝説的な武勇伝も多かった。

 正力の耳にも虚実入り混じった情報が入っており、確認しようと自ら「身上調査」に乗り出したのだった。

 張本は優等生を演じた。態度をよくすれば不必要な気遣いは不要だ。余計な波風を立てずに野球に全神経を集中したい。

 できる男ほど腰を低くして新天地の門をくぐる。これもまたトレードに際しての処世術である。

「とにかく来年は100%死に物狂いで野球をやりたい。セ・リーグの新人として必ずやってみせます」

 翌76年、張本は王貞治と「OH砲」を結成し、この言葉を実践した。

 打率3割5分5厘、22本塁打、93打点を挙げて長嶋巨人のV1に貢献した。

 打率は2位に終わったが、プロ23年間を通じて上から3番目の高打率だった。しかも首位打者の中日・谷沢健一とはわずか1毛差である。

 翌77年も打率3割4分8厘、24本塁打、82打点をマークした。

 打率はまたもや2位に終わったが、長嶋巨人リーグ連覇に大きく貢献した。

 人間、環境が変わり、気分が一新すれば驚くほどの結果を出すことを証明した。

 張本は巨人に4年間在籍して試合数444、打数1605、通算打率3割2分8厘、打点280の数字を残した。

 これ以上ない貢献度だったのだが、79年オフにロッテにトレードされた。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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