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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈9.23に起きた「V珍事」と「大乱闘」〉
1981年9月23日、午後8時5分の後楽園球場、日本ハムナインが人工芝を蹴ってマウンドに殺到した。
49歳の監督・大沢啓二が仁王立ちしていた。ナインの手で88キロの体が1度、2度、3度‥‥11度宙に舞った。
続いて主将の柏原純一、オーナーの大社義規が夜空に突き上げられた。江夏豊、トニー・ソレイタが続いた。
日本ハムは球場周辺に詰めかけたファン数百人にスタンドを解放していた。
「オラァ、金も名誉もいらねえよ。これ(優勝)がよ、これが欲しかったんだ」
この日、日本ハムはパ・リーグの後期優勝争いで首位に立っていた。2位の阪急(現オリックス)が西武に敗れて優勝が決まった。
73年、東映が映画不況のあおりを受けて撤退した。譲渡先は不動産ブームの大波に乗った日拓ホームだったが、わずか10カ月で消滅した。
この危機を救ったのが大社だった。三原脩を球団社長に招き、三原の義理の息子にあたる中西太を初代監督に据えて「日本ハムファイターズ」として再スタートを切った。
誕生してから2年連続で最下位だったものの、75年オフに大沢が2代目監督に就任するやチームは力をつけた。78年から80年にかけて3年連続で3位になるまでになったのだ。
大沢はロッテで2年、日本ハムで5年、優勝には縁がなかった。「今年ダメだったらユニホームを脱ぐ」と開き直った直後の初優勝だった。
この日、新人監督の藤田元司率いる巨人も2位の広島が中日に敗れたため、4年ぶり31度目のリーグ優勝を決めていた。
両チームとも優勝決定日に試合がなかった。セのリーグ優勝とパの後期優勝が同日だったのは史上初めて。巨人は午後5時4分、日本ハムが午後5時49分に優勝が確定した。
巨人は後楽園球場内で儀式を終え、午後5時45分から球場内の食堂で祝勝会を始めた。藤田の胴上げは3日後の中日戦後となった。
祝勝会では新人の原辰徳がビールをかけられるなど一部では盛り上がったが、静かに終わった。午後6時45分にはお開きである。V31度目、大人の貫禄だ。
ところが、日本ハムのほうはそうはいかなかった。「優勝童貞」をついに卒業したのだ。嬉しくて仕方がなかった。午後8時半からの祝勝会は乾杯の音頭と同時にビールの洪水となった。大沢、江夏そして大社が頭からビールをかぶって大喜びだ。総出のどんちゃん騒ぎは午後9時半まで続いたのだった。
日本ハムはロッテとのプレーオフを勝ち、「後楽園シリーズ」と呼ばれた日本シリーズに臨んで2勝4敗で敗れた。
日本一は25年後、北海道移転後の06年である。
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清原和博が18.44メートル先の平沼定晴をグッとにらんだ。沸騰していた。
次の瞬間、重量970グラムのバットを平沼めがけて投げつけた。凶器と化したバットはバウンドして平沼の左太ももに当たった。
平沼はひるまず前に出ようとした。しかし、清原の逆上は止まらない。マウンドに突進すると次に繰り出したのはプロレスばりのヒップアタックだった。
それぞれの体重は清原が92キロ、平沼が75キロ。平沼は直撃を食らって2メートル吹っ飛ばされた。
平沼がやられた─。
1989年9月23日、西武球場で開催された西武対ロッテ23回戦だった。
パ・リーグは9月に入っても西武、近鉄、オリックスが僅差の首位争いで、どこが優勝するかわからなかった。
西武は前日に勝利して、この日も序盤からロッテを圧倒していた。3回には清原が満塁で30号本塁打を放っていた。
問題のシーンは4回2死一、二塁で訪れた。平沼の初球、内角真っすぐが清原の左ヒジを直撃。清原のプロレス技を号砲に、両軍ベンチからナインが飛び出し大乱闘となった。バトルロイヤルだ。
すぐさま清原は乱闘劇から脱出しようとした。だが、「ランボー」ことマイク・ディアズにタックルさながらの勢いで捕まえられた。188センチ、100キロの巨漢相手である。そのままヘッドロックで押さえ込まれてしまった。無事、帰還ならず。
両軍のバトルロイヤルの輪がとけると、清原はプロ4年目にして暴力行為で初の退場処分を受けた。
その清原が「投げる前から狙っているような顔をしていた。前の打席で(本塁打を)打たれて悔しいのはわかるがな」と言えば、平沼は「そんなに厳しい球じゃないし、避けないほうが悪い」と反論した。
この年からルール委員会は審判員が「明らかに狙っている」と判断したら、「即刻、投手ないし監督を退場させることができる」と改正した。
それまでは危険球に対する規則は緩かった。当時は現在のような「投高打低」ではなく、「打高投低」だった。投手が苦し紛れに内角ギリギリを攻めることになる。当然、死球は多くなった。
逃げない清原はこの時点でリーグトップの15死球を受けており、そのうち5個がロッテからだった。
退場の代償は小さくなかった。「2日間の出場停止」の裁定で新人時代から続いていた連続出場記録が490で止まった。厳重戒告を受け、制裁金は30万円だ。
清原は翌日、平沼に謝罪した。この年、西武は5連覇を逃した。
90年以上のNPBの歴史の中、グラウンドでプロレス技を披露したのは清原ただ1人だ。「武闘派」の原点となった。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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