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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈ペナントレース後半戦に炸裂した「三原マジック」〉
1962年9月22日、首位・阪神を2.5ゲーム差で追っていた大洋(現DeNA)は本拠地・川崎球場で中日を迎えた。
場内アナウンスが大洋の先発メンバーを発表するたびに約1万人の観客たちがワーワーと大騒ぎした。
大洋の監督・三原脩は平然としていた。
1番右翼・青山勝巳、2番左翼・松久保満、3番中堅・近藤和彦、4番遊撃・蓜島久美、5番三塁・的場祐剛、6番二塁・平山佳宏、7番一塁・上田重夫、8番捕手・山田忠男、9番投手・秋山登─。
3番近藤は左の主力打者、秋山は右のエースだ。この2人以外は熱心な大洋ファンしか知らない二軍の選手たちだ。
試合前、三原は報道陣にこう話していた。
「きょうはビックリするようなことをやります。皆さんに話題を提供します」
オーダーの守備位置は9→7→8→6→5→4→3→2→1の順に並んでいた。
中日をからかっていたのだろう。三原は「魔術師」の異名で呼ばれていた。60年に前年最下位の大洋を用兵と采配の妙で日本一に導いていたからだ。
予告先発がない時代だ。中日の先発が右の下手投げ柿本実とわかると、1回表に大洋ナインが守備に散る際に一変した。
1番三塁・フランシス・アグリー、2番一塁・島田幸雄、3番中堅・近藤和、4番遊撃・桑田武、5番右翼・アル・グルン、6番左翼・長田幸雄、7番二塁・鈴木武、8番捕手・島野雅亘、9番は秋山だ。
7選手が交代した。攻撃主体の選手起用に切り替えたのだ。魔術師が仕掛けたのは試合に出ない偵察メンバーをこれでもかと使った「アテ馬7人」だった。
代わったメンバーのうち、1、2、5、6番は左打者だ。試合は2回表に一度は逆転されたが、7回裏に2点を挙げて逃げ切った。ベンチ入り25人を使い切っていた。
中 0 2 0 0 0 0 0 0 0=2
洋 1 0 0 0 0 0 2 0 ×=3
三原の作戦の妙は「アテ馬7人」だけではなかった。
5回表2死一、三塁のピンチで左のドン・ニューカムを迎えた。
マウンドの秋山に歩み寄り、こう聞いた。
「三塁と一塁どっちがいい?」
三原は「三塁」と答えた秋山を三塁守備に就かせ、左の権藤正利をリリーフとして送り出した。左飛に打ち取ると、秋山は6回からマウンドに戻り、そのまま最後まで投げ切った。
この「緊急避難用兵」は三原の得意技だった。西鉄(現西武)監督時代、鉄腕エース・稲尾和久を同じように使って成功している。実はメジャーでこの戦法がすでにあったことを知り実践していたのだ。
大洋の阪神追撃は及ばず2位に終わったが、「7人当て馬」は魔術師・三原の最高傑作として今でも語られている。12年後の74年9月29日、後楽園球場での日本ハム対南海(現ソフトバンク)ダブルヘッダーの第2試合だった。
1人の選手が1試合で全ポジションを1イニングごとに守る、いわゆる“サイクルポジション”の珍記録が生まれた。
62歳の三原は当時、日本ハムの球団社長だった。監督は義理の息子である中西太だ。
チームは前期、そして後期も最下位が決まっていた。このままではファンに申し訳ない。三原と中西は本拠地最後の試合を前にフロントと現場の責任者としてファンサービスを考えていた。
中西の頭に1人の選手が浮かんだ。高橋博士だった。このシーズン、投手と両翼以外はすべてこなしていた。
「いっそのこと、1試合にイニングごとにポジションを変えたらおもしろい」
高橋は宮崎商業高時代に捕手で甲子園に出場し、64年に南海に入団。70年に遊撃に転向した。72年、東映(日本ハム)に移籍すると74年には捕手に復帰していた。
南海時代に投手以外の全ポジションを経験していた。実に器用な選手である。三原はゴーサインを出し、中西が高橋を説得した。ガッツのある高橋は受け入れた。
1回は一塁、2回は本職の捕手で盗塁を試みた島野育夫を見事に刺した。3回は三塁、無難に守った。
4回は遊撃で門田博光のゴロを簡単に処理した。5回は二塁、6回は左翼、7回は中堅で鶴崎茂樹の飛球をさばいた。8回には右翼に回った。
残ったのは9回の投手、高橋にとっては未知のポジションだ。先頭打者、投手の野崎恒男を4球目で外野飛球に仕留めた。
1死でお役御免となった。投手は1イニングというわけにはいかない。打たれ続けるかもしれないからだ。
守備位置で見れば3→2→5→6→4→7→8→9→1となる。内野と外野をきれいに時計回りしていた。
「とにかくボクに打球がこないように祈っていた。特にマウンドに立った時はストライクが入るか心配だった‥‥」
肝心の試合は0対7で敗れたが、高橋は無事に大役を果たした。この時点で同記録をメジャーでは2人が記録していた。
この試合では投手も1イニングごとに交代した。パ・リーグ新、プロ野球史上タイ記録だった。徹底したファンサービスである。
26年後の2000年、オリックスの五十嵐章人が全ポジション出場を達成した。これは13年間の選手生活を通しての記録だった。
1試合で全ポジションを守ったのは日本プロ野球史上、高橋だけである。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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