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記事全文を読む→「世代論」で読むプロ野球〈大谷・誠也世代・続〉(2)「神ってる」男が日本の主砲へ
鈴木の名前が全国に強く刻まれたのは前述の通り、16年の広島時代だった。いわゆる「神ってる」という言葉とともに、勝負どころで本塁打、劇的な一打、そして広島の25年ぶりリーグ優勝を象徴する、まさに神がかりな活躍を見せた若き中軸として注目を浴びた。
16年の成績を振り返ると、鈴木誠也は「ブレイクした若手」ではなく、すでにリーグ上位の総合打者だった。日本野球機構の公式成績とNPB試合データ再集計の詳細表を合わせると、安打・長打・出塁・打点のすべてが高水準に並び、しかも代打や途中出場の比率が低く、先発右翼手としてほぼフルタイムで残した数字であることがわかる。
右翼手の先発時だけを切り出しても、打率・336、28本塁打、93打点、OPS(出塁率+長打率)1.015で、数字の大半が「レギュラー抜擢の偶然」ではなく「定位置での実力」から生じていた。
技術面での核は、「力む」の反対を体で理解したことにあった。鈴木は自主トレで内川聖一から、ボールを捉えた瞬間に左肘が逃げて力が伝わらない癖を指摘され、「体の中で打球を捉える」意識を得た。また春季キャンプでは、「力を抜いてインパクトだけ」「腕を忘れる」感覚を覚え、試合前後の練習では腕を軽く上下させてリラックスを作ると語っている。
これは派手なフォーム改造ではない。むしろ、上体の余計な緊張を削り、下半身からバットまでの流れを滑らかにしたと見るべきだ。そのうえで、当時の広島一軍打撃コーチだった東出輝裕や石井琢朗の示した方向は、「自分の打てる球だけを待つ」打者からの卒業だった。
鈴木は、練習の段階から自分のゾーンを一、二個外した球にもアジャストするよう求められ、高めや外れた球も振りにいく中で、いいバットの出し方が試合で自然に出るようになったと述べている。
ただし、鈴木の価値は流行語的な瞬間だけでは語れない。16年以降の鈴木は、短期的な勢いではなく、継続的に高い打撃成績を残す打者へ成長した。NPB時代の通算成績は902試合、打率・315、182本塁打、562打点、OPS.985。19年と21年には首位打者、最高出塁率を獲得し、ベストナインにも複数回選ばれている。
ここで重要なのは、鈴木が単なる本塁打打者ではなかったことだ。打率も残す。四球も選べる。強肩で守れる。走塁にも意識がある。つまり、彼は「長打だけの右打者」ではなく、総合力を持った右の強打者だった。
日本人の右打者がメジャーに挑む場合、長打力だけでは足りない。速球への対応、外角球への我慢、変化球の見極め、守備走塁の総合力まで問われる。その意味で、鈴木はNPB時代からメジャー仕様に近い打者だった。
19年のWBSC「プレミア12」は、その証明の場だった。鈴木は日本代表の中軸として大会MVPに輝き、首位打者、最多打点、最多得点などでも表彰されている。国際大会の短期決戦で、国内リーグの実力をそのまま外へ持ち出せる打者であることを示した。
この時点で、鈴木の視線がメジャーへ向かうのは自然だった。広島の中心打者として十分な実績を残し、日本代表でも結果を出した。国内で証明すべきことは、かなりの部分で終えていた。次に必要だったのは、より速い球、より強い投手、より厳しい配球の中で、自分の打撃がどこまで通じるかを確かめることだった。
鈴木誠也のメジャー志向は、単なる憧れではない。日本でトップに立った選手が、自分の価値を世界基準で測りに行くという、極めて現代的なキャリア選択だった。
かつてなら、国内球団の四番として長く君臨することがひとつの完成形だった。しかし大谷・誠也世代にとって、完成形は日本国内だけでは終わらない。メジャーは夢の舞台であると同時に、自分の能力を検証する場所になったのである。
ゴジキ:野球評論家・著作家。「データで読む甲子園の怪物たち」(集英社新書)ほか著書多数。「マネジメント術で読むプロ野球監督論」(光文社新書)が重版出来。発売前から重版となった最新刊「システムで読む甲子園」(カンゼン)が絶賛発売中。Yahoo! ニュースエキスパート。
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