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記事全文を読む→「世代論」で読むプロ野球〈1994年世代・続〉(2)田中正義と床田寛樹の「時間」
入団時の期待と、その後の現実との隔たりを象徴するのが田中正義である。16年のドラフトでは5球団が1位指名で競合したが、ソフトバンク在籍6年間での1軍登板は34試合。肩や肘の故障が重なり、持っている球の力を継続的な実績へ変えられなかった。
田中の停滞を考える時、能力と稼働を分けて見る必要がある。速い球を投げられることと、登板に向けて状態を整え、それを繰り返せることは、別々に満たさなければならない条件だ。しかも、離脱中には実戦経験を積めず、チーム内の競争は進む。復帰すれば、体の状態と自分の居場所を同時に確かめることになる。
転機は23年だった。近藤健介のFA移籍に伴う人的補償で日本ハムへ移り、その年に47試合へ登板して25セーブを記録した。長く実績の伴わなかった右腕が、試合の最後を託される投手になったのである。この変化を、移籍だけで才能が開花したと片づけることはできない。状態の回復や起用のされ方など、複数の条件が重なった結果として捉えるべきだろう。
ただ、強い直球を勝負どころで使い、登板を重ねられたことには意味がある。大学時代に描かれた将来像と異なる形でも、プロで必要とされる道は開ける。同時に、人的補償で移った経歴を挫折だけで語るのも適切ではない。球団ごとに選手層や必要な戦力は違う。ある場所では十分に得られなかった機会が、別の場所では重要な役割として与えられる。選手の可能性は、所属先との関係によっても変わるのである。
床田寛樹の歩みも、故障によって何度も立ち止まらされてきた。17年には左肘の靱帯再建手術を受け、22年には走塁中に右足首を骨折した。投球に関わる故障から復帰し、先発として力を示していたところで、再び長い離脱を強いられたのだ。それでも23年には11勝、防御率2.19。24年も11勝を挙げ、投球回を156回から167回へ伸ばした。25年には171回3分の1を投げ、6完投を記録している。
復帰後の数試合で輝く段階を越え、シーズンを通じて投手陣を支える仕事を積み重ねた。23年の156投球回に対して奪三振は86。この数字からは、奪三振の多さだけで床田の価値を測れないこともわかる。打たれた球をアウトにし、走者を出しても失点を抑え、次の回へ進む。先発投手には、その積み重ねによって救援陣の負担を減らす役割がある。
田中は試合の最後に、床田は試合を長く支える場所に、自分の価値を築いた。2人の経歴が問いかけるのは、何歳で期待に応えたかよりも、投げられるようになった時間を、どのような仕事へ結びつけたかである。
ゴジキ:野球評論家・著作家。「データで読む甲子園の怪物たち」(集英社新書)ほか著書多数。「マネジメント術で読むプロ野球監督論」(光文社新書)が重版出来。発売前から重版となった最新刊「システムで読む甲子園」(カンゼン)が絶賛発売中。Yahoo! ニュースエキスパート。
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