アストロズの今井達也がオープン戦2度目の先発マウンドに上がったのは3月6日だったが、2回被安打1四球3奪三振と好投した。「30球を投げて19球がストライク。制球力が高いという前評判の通りでした」(現地記者)同時に聞こえてきたのは「意外な評価...
記事全文を読む→酒井法子の元夫・高相祐一が事件の真相を激白(1)ドラッグにハマっていった理由
◆プロフィール 高相祐一(たかそう・ゆういち) 1968年、東京都で有名スキーショップの御曹子として生まれる。93年に日本プロサーフィン連盟のプロトライアルに合格。プロサーファーとして活躍する一方でDJやデザイナーとしても活動。98年に酒井法子と結婚。09年に覚せい剤取締法違反で逮捕。懲役2年執行猶予4年の判決を受ける。10年に酒井と離婚。
芸能界に激震が走った覚醒剤逮捕から5年5カ月が経過した。酒井法子は復帰を果たしたが、かつての輝きを取り戻したとは言いがたい。それほど事件のダメージは大きかった。いったい、のりピーはなぜシャブに溺れたのか──。これまで沈黙を守ってきた“元夫”が、その真相を初めて激白した!
真紅のキャップに黒のシャツとジャケット、赤と黒でコーディネートしたファッションに身を包み、高相祐一氏は取材現場に現れた。確かに、みごとなまでにオシャレではある。
しかし、右側の襟足の一部の髪だけを肩まで伸ばし、黒革のグローブをはめた指先からは派手な色彩のタトゥーがのぞいている。そこはかとなく“遊び人”の雰囲気を漂わせていた。
反省の色がないと見るべきなのか、それとも自分を偽らない正直さの表れなのか──。
まずは、高相氏のドラッグ体験から聞いた。
「サーフィンを始めたのが中学2年の時で、その直後に大麻を初めて吸って、覚醒剤は20歳ぐらいの時かな。きっかけ? 当時の流れというか、(渋谷区)青山という街で育って、両親とも忙しくて家にいない、多少の金ももらっていたし、当時はドラッグの誘いって誰にでもあって、自分をコントロールできなかったと言われれば、それまでですけど‥‥」
高相氏が過ごした青春時代は、渋谷にチーマーが現れ始めた頃で都心に住む中高生なら、特異な不良グループに属さなくても悪い遊びができた、と言うのだ。
── 若い頃からドラッグにハマって、結婚後も続けていたということ?
「大麻はずっと吸っていましたから、彼女もうすうす気づいていたかもしれませんね。大麻を吸うと、普通はだらしなくなる人が多いけど、僕の場合はデザインとかクリエイティブな思考を高めるほうに向いていたから、彼女は何も言わなかっただけかも。ただ覚醒剤に関しては、世間では僕のことを中毒者のように思っている人が多いだろうけど、月に1回ぐらいで、本当に5年間ぐらい使用しなかった時期もあって‥‥」
── なのにどうして、のりピーが覚醒剤に手を出したんですか?
「結婚5年目(03年)ぐらいに、自分が隠れてやっている時に、そこに彼女が現れて見つかってしまったんです。(気化した覚醒剤が酒井や子供のほうに行かないように)キッチンの換気扇の下でアルミホイルに入れてアブっていたから、子供が寝ていた夜だったのかな‥‥。彼女もびっくりして『何、それ?』って。それで、とっさに『元気が出るクスリだよ』と答えたんです。バツが悪いのもあったし、気分が高揚していたこともあったのかもしれないけど、つい『やってみる?』と誘ったら、彼女は『うん』と言って‥‥」
── 本当ですか? 普通は「うん」と言わないでしょう?
「だから、僕が強く勧めたんでしょう。記憶も曖昧になっているけど、全ての責任は僕にあるんです」
アサ芸チョイス
最近のカルチャーシーンにドーンと鎮座するものに「昭和レトロ」がある。とりわけ主婦層の間では昭和歌謡や復刻家電、駄菓子風スイーツなどがSNSで大きな話題となり、「推し活」の一環としてグッズを集める動きが拡大している。しかし同じ「昭和回帰」でも...
記事全文を読む→例年よりも早い桜の便りが届いている、2026年の初春。東京では上野恩賜公園や代々木公園といった有名花見スポットは、記録的な円安で押し寄せたインバウンド客と、宴会制限が完全に撤廃された解放感に浸る日本人で、まさに足の踏み場もないカオス状態が予...
記事全文を読む→スマホの通知に追われる日常から、少し距離を置く。そんな「デジタルデトックス」では、若者が編み物や日記、フィルムカメラといったアナログ趣味にハマるケースが報告されているが、この流れは中年層にもじわじわと波及している。その背景にあるのは、仕事で...
記事全文を読む→

