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85年は6月に松田聖子が結婚した年でもあった。5年にわたり走り続けた聖子は、いったん休養に入った。一方、中森明菜は、85年、86年とレコード大賞を連覇した。
80年代アイドルのベストテンを選ぶと、トップが聖子・明菜で、2位はなくて3位が小泉というのは誰もが認めるだろう。聖子・明菜と小泉が大きく異なるのは、歌と同時並行してテレビドラマや映画でも、高い評価を得たことだ。
最初の当たり役は昭和20年代の少女マンガ「あんみつ姫」のテレビドラマ版で、83年5月に放映されると好評を博し、3作まで続いた。「まっ赤な女の子」はこの主題歌でもあった。
連続ドラマの初主演は85年放映された大映テレビ制作の「少女に何が起ったか」だ。出生の秘密のあるピアニストの役で、かつて山口百恵が演じたようなドロドロのメロドラマだ。映画では85 年の正月映画となった、少女マンガが原作の「生徒諸君!」で初主演した。監督はかつて百恵・友和映画を多く撮ったベテランの西河克己で、女優としてのスタートには、山口百恵を送り出したスタッフが関わっている。
だが、一方で内田裕也が主演し崔洋一が監督した「十階のモスキート」に83年の段階で出演していた。この映画での小泉は不良娘の役で、清純派アイドルが演じるものではない。作品そのものも芸術作品専門のATGの配給だ。
かわいらしいアイドルとしてデビューし、笑顔をふりまいていたが、小泉は最初期から尖っていたのである。
写真モデルとしても前衛的だった。85年、毎日新聞社の「活人」では、顔を含め全身を黒塗りにして青いビキニをつけて、表紙を飾った。
86年になると、写真集「小泉記念鑑」を刊行した。売り物は水着でもセミヌードでもなく、「全裸」だった。しかし、ボディペイントで魚拓ならぬ「女拓」で、さらに体のレントゲン写真も載せた。ある意味、ヌード以上のものを晒して見せたのだ。
誰もやらないことをやり、みんなを驚かせ、アイドルの限界に挑戦していった。そういう小泉今日子を若手の評論家たちが支持するようにもなり、知的なイメージもついていく。小泉を支持するのは「時代に敏感な高感度なひと」になっていく。
中川右介(なかがわ・ゆうすけ)作家、編集者。出版社アルファベータ編集長。歌謡曲に論及した「松田聖子と中森明菜」「山口百恵」ほか、クラシック音楽、歌舞伎に関する著書多数。
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