新緑がまぶしい、5月のキャンプシーズン。週末ともなれば、各地のキャンプ場は家族連れやグループ客の歓声で賑わうが、その一方で、驚くほど静まり返った「異空間」がある。近年は「キャンプ=焚き火とBBQ」という常識を真っ向から覆す、通称「サイレント...
記事全文を読む→「セーラー服ソング歌謡祭」(2)80年代編 学園モノと無縁の松田聖子がB面で制服姿を披露!
青春のきらめく季節だけ着ることを、そして歌うことを許されるのが「セーラー服ソング」だ。80年代以降、世の男子たちを胸キュンさせた名作の数々を一気にパワープレイ!
*
ソロアイドル全盛の80年代には、純情可憐な制服ソングが多数、誕生している。
80年代アイドルの出発点と言えば松田聖子である。聖子のデビューは高校卒業直後の4月だったため、本来なら学園モノと無縁。ところが、B面ながら「制服」(82年)という名曲がある。
のちにカントリー娘。やガガガSPにカバーされているが、実はこれ、あの名作「赤いスイートピー」のカップリング。いかに当時の聖子がクオリティの高い楽曲を連発していたかをB面だけでも物語る。ちなみに、レコード封入のポスターでセーラー服姿になったのは、高卒デビューの聖子にとって感無量であったようだ。
そんな聖子より5歳も下だった伊藤つかさは、デビュー曲「少女人形」(81年)によって“セーラー服のアイコン”とも呼べる存在になる。あのタモリが伊藤に会いたいがために「笑っていいとも!」(フジテレビ系)を始めたという逸話も残るほどだ。
「ジャケ写だけでなく、歌番組でもセーラー服を衣装にした珍しいケースの先駆けだったと思います」(アイドル研究家・高倉文紀氏)
伊藤が世に出たのは、学園ドラマの金字塔である「3年B組金八先生」(TBS系)の生徒役から。リアル中学生の破壊力は、“少女っぽいアイドル”とも言えるような新たな層を開拓した。
ユーミンと並ぶニューミュージックの女王が中島みゆきだ。女王が柏原芳恵に提供した「春なのに」(83年)は、卒業ソングの定番として知られる。
中島らしい哀感が全編に漂い、先に卒業してゆく先輩に思いを打ち明けようとするも、そっけなく「キミの話は何だったの?」と言われたことでブロークンハートに…。
聖子や河合奈保子と同期の80年組である芳恵が、本作の30万枚を超すヒットでようやく肩を並べる形となった。
アサ芸チョイス
11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...
記事全文を読む→バナナマンの日村勇紀が当面の間休養に専念すると、所属事務所ホリプロコムの公式サイトで発表した。今年に入ってから体調を崩すことが多く、医療機関を受診した結果、休養が必要との判断に至ったのだという。「心身の回復を第一に、コンディションを整えなが...
記事全文を読む→衝撃的なトレードを成立させたのは、横浜DeNAベイスターズと福岡ソフトバンクホークス。両球団が「山本祐大と尾形崇斗、井上朋也の交換トレードが成立したこと」を発表したのだ。「DeNAは山本という正捕手の放出、それもシーズン中のトレードだったの...
記事全文を読む→

