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記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「金村義明」(2)逆境の中で甲子園優勝をもぎ取った
テリー 一方、夏の甲子園大会は中止になってしまいました。それこそ金村さんは甲子園の大スターですけれど、もし自分が高3の時に同じ状況になったら、どうしていましたか。
金村 あの頃の自分に置き換えたら‥‥不良になるしかないですよね。プロになりたくて、人生賭けてやっていましたから。本当は中学を出たら親に「働け」って言われたんですよ。「私学に行かせるお金なんかないから絶対ダメだ」と。
テリー 報徳学園は特待制度がなかったの?
金村 僕が入る時はまだなかったんです。だから、母親に泣いて土下座して頼みました。そしたら母親が内職しながら電電公社の清掃部で働いてくれて、「他人の3倍努力する」という約束で中学から6年間、報徳に行かしてもらえたんです。
テリー そこまでの覚悟を持って進学していたとは。
金村 1~2年は結局、桑田(真澄)や清原(和博)みたいに甲子園に行くどころか、レギュラーにも入れませんでした。3年生の春にようやく選んでもらえて、大府高の槙原(寛己)と対戦しましたが、1回戦で負けて号泣して‥‥。
テリー でも続く夏では大活躍、ついには優勝するんですから。
金村 ええ、気合いも入っていましたので、予選の1回戦から13試合1人で投げ切りましたからね。もっとも、監督には「投げるな」と言われていましたけどね、親から賄賂をもらっている部員に投げさせたいから。
テリー アハハハ! そんな采配、わかっちゃうんだ。
金村 当時の私学の監督は皆そうですよ、数多くの部員の中から15人選ぶわけですから。運転手付きの車で練習を見に来るような親を持つ部員はすぐ背番号をもらいましたし、監督の家の和室がお中元やお歳暮の品でパンパンになっていることも、マネージャーが全部教えてくれましたよ。
テリー 聞けば聞くほど、すごい話だな。よくそんな状況で頑張れましたね。
金村 だから3年の時は、監督に「使えない3年生より、実力のある2年生を使ってくれ!」と進言しましたから。もう最後でしたから、こっちも必死ですし。
テリー それで荒木大輔の早稲田実業や、工藤公康の名古屋電気を破ったんだから、大快挙ですよね。当時、そこまでの結果を残せると思っていました?
金村 いえいえ、そんな。春のリベンジで1回戦だけ勝てればいいと思っていたんですけどね。
テリー 優勝して、環境の変化はありましたか。
金村 親戚が急に10倍ぐらいに増えました(笑)。
テリー フフフ、当然スカウトもガンガン来るんでしょう。
金村 一応、12球団来ましたね。いちいちマスコミを引き連れて、挨拶に来るんですけれど、僕はそれよりも前に阪急を逆指名しましたからね。
テリー でも、結局は近鉄への入団を決意される。ちなみに、契約金はいくらだったんですか。
金村 5500万だったと思います。
テリー それって今だと、いくらくらいなんだろう。
金村 1億円ぐらいじゃないですか。
テリー なら、相当期待されていたんじゃないですか。
金村 いやいや、1位のくじを引いた瞬間に球団社長が「釣った魚に餌はやらん」とハッキリ言いましたからね。それからは口もきいてくれませんでした。
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