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記事全文を読む→「とんねるずの妹」真璃子はユーミン&中島みゆきと「共作」/「昭和歌謡」大ブーム…この超伝説アイドルを聴け!
西城秀樹にとっての、河合奈保子。田原俊彦にとっての、松本伊代。さらに銀蝿一家にとっての、岩井小百合。そして80年代後半、とんねるずとそんな関係にあったのが、彼らと同じ事務所「オフィスAtoZ」に所属し、86年1月にフォーライフ・レコードから「私星伝説」でデビューした真璃子だった。
福岡県出身の彼女は、84年に文化放送の「全日本ヤング選抜スターは君だ!!」でグランプリを獲得。楽曲タイアップ全盛時、「私星伝説」はドラマ「トライアングル・ブルーII」(テレビ朝日系)のエンディングデーマに起用される。
だが、そのやや地味な印象が災いし、オリコンで最高22位にとどまることに。そこで2枚目「恋、みーつけた」では松本隆・筒美京平というゴールデンコンビを起用。雰囲気をガラリと変え、純粋で可愛らしいテイストに変身を遂げた。この曲はドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」(TBS系)の挿入歌として使用されたことも手伝い、チャート14位のスマッシュヒットを記録する。
続く3枚目の「夢飛行」で、真璃子は86年の日本レコード大賞新人賞、日本歌謡大賞放送音楽新人賞受賞という、幸先いいスタートを切ることになったのである。
翌87年には、とんねるず主演ドラマ「時間ですよ ふたたび」(TBS系)に、妹分として出演。かつての浅田美代子が演じた「銭湯のお手伝いさん役」として、劇中で挿入歌「お嫁に行きたい」を歌うなど、それこそ「事務所総出」でのバックアップにより、知名度を上げていくことになるのだ。
だが、そもそも本人のアーティスト志向が強すぎたのか、あるいはアイドル的要素が足りなかったのか。ルックス的にもキャラクター的にも、しっくりこない違和感が付きまとい、結果、アイドル全盛の中、チャートのトップ10に届くことはなかったのである。
そんな彼女が個性を発揮したのが、2枚目のアルバム「ハート・トゥ・ハート」だった。本人作詞の曲が採用され、88年にポニーキャニオンに移籍後には自身が作詞、作曲には高見沢俊彦をはじめ、尾崎亜美、松任谷由実、中島みゆきなど、大御所ラインナップが名を連ねることに。アイドル路線から完全に脱却し、アーティスト色を強めていくことになる。
その後、真璃子は結婚を機に芸能界を引退。離婚を経て、再婚後に芸能活動を再開した。16年4月には23年ぶりとなるミニアルバム「La Porte」を発売。また、19年3月にはシングル「Present」を発売し、東京、名古屋、大阪でライブツアーを開催するなど、現在も現役で歌い続けている。
そんな彼女の歌手としての原点となった曲が、フリルのスカートが眩しい、あの「私星伝説」だったのである。
(大石怜太)
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