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記事全文を読む→森且行オートレース転向でジャニーズ事務所の「冷たい突き放し」/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
元SMAPのオートレーサー・森且行が、日本一の栄冠から衝撃の大事故を経て、執念の復帰への2年間に密着した番組「情熱大陸」(TBS系)が2月19日に放送され、大きな反響を呼んだ。
アイドルから転身し、3度のGII勝利、そして2度のGI制覇。20年11月には、オートレースの最高峰である「日本選手権(SG)」で悲願の初優勝を果たした森だが、翌21年1月のレース中に事故に見舞われ、腰椎破裂骨折・骨盤骨折の重傷を負うことに。番組は、そんな森が不屈の精神で壮絶なリハビリに耐え、復帰を目指す姿を追ったものだった。
森がオートレース選手を目指し、芸能界引退を表明したのは96年5月7日だ。
「オートレーサーは、幼い頃からの夢でした。やるからには一番を目指したいので、二股はかけられません。芸能界に未練はありません」
そう決意を語る森に対し、同席した中居正広が、
「戻ってきたくなったら、また迎えてあげるから」
と、笑顔で声をかける。しかし、ジャニーズ事務所側は、
「3月末にスポーツ紙から問い合わせがあり、初めてオートレーサーの試験を受けていることを知りました。ギャンブルですし、ファン層が10代のSMAPとしてはイメージもあり、両立はできないと判断しました。これからは森個人で活動していくので、過去のSMAPの映像は使わないでください」
引退イベントもコンサートも一切行わないと発表したのである。それがこの日の極めてドライな記者会見につながったのである。
会見の翌月、森は選手候補生として、茨城県内の養成所に入所。ところが、好きこそものの上手なれ。やはり才能があったのか、翌97年7月6日には、9000人の女性ファンが集まったデビュー戦を1着で飾り、順風満帆な船出を切ることになる。
その後は紆余曲折。山もあり、谷もあったものの、日本選手権で優勝。1700万円の賞金を獲得したのは、アイドルから転身して実に24年目のことだった。記者会見に臨んだ森は、こう言った。
「(ゴールの瞬間は)ウソだと思いました。本当に二十数年間がんばってきて、SGには届かなかったので、いちばん取りたかった日本選手権のタイトルをとれて嬉しいです。やっと、約束が守れてよかったと思います。仲間とファンの皆さんと、そしていちばん応援してくれているオヤジに伝えたいです」
涙をこらえながら感無量で答える姿が、ファンの涙を誘ったのである。
森の快挙を受け、さっそく元SMAPメンバーのコメントが紹介された。だが、SMAP解散から4年。5人の関係が微妙だった時期でもあり、事務所を通じて寄せられた木村拓哉の「それぞれの選んだ道で、それぞれがつかむもの。今後も健闘を祈ります」とのコメントに賛否の声が上がるなど、その反響の大きさに改めて、かつて国民的アイドルと呼ばれたSMAPの大きな存在感を痛感したものである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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