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記事全文を読む→阪神・岡田監督が果たした星野仙一・原監督へのリベンジと「締めはオリックス撃破」の意地
18年ぶりのセ・リーグ優勝を決めた阪神・岡田彰布監督が来年も指揮をとることになった。番記者たちの質問に最後に「来年〝は〟やるわー」と答えた言葉に胸を撫で下ろしたのは、阪神のフロント陣だろう。
岡田監督は今季15年ぶりに「阪神監督」に復帰。球団とは2年契約を結んだが、シーズン中に「何年もできることやない」と何度もつぶやいたことから、一部報道では「今季勇退説」まで報じられた。
来季に向けた球団との細かい交渉はこれからだが、あえて「来年はやるわ」と宣言したのには理由がある。
岡田監督はこれまで、阪神球団に曖昧な振る舞いに何度も翻弄され続けてきた。今回の監督就任の打診は昨年9月だったという。「最後のご奉公」と決断したのは、これまでやり残した多くの「リベンジ」があったからだ。
現役時代から「阪神の監督候補生」だった岡田監督は幾度となく梯子を外されている。1999年、阪神史上初の外様監督をして招聘された野村克也氏は3年連続最下位となり退団。98年から2軍コーチを務めていた岡田監督は「次はオレ」と1軍監督就任オファーを心待ちにしていたが、球団が選んだのは星野仙一氏だった。
2005年に岡田監督はリーグ優勝を果たしているが、08年には原辰徳監督率いる巨人に13ゲーム差をひっくり返されて辞任した。今季開幕前のミーティングでは巨人・原監督のお決まりのポーズである「グータッチはパーでやるわ!」と選手の前で話していた。これも08年に13ゲームをまくられた原監督へのリベンジを意識してのこと。そしてその前回の監督在任期間中は、星野氏が「オーナー付シニアディレクター(SD)」として岡田監督の「お目付役」でもあった。
「この時も球団の一番手は星野さんで、岡田さんは現場のトップなのに常に二番手扱いだった。星野さんは自分のあとの阪神監督を盟友・田淵(幸一)さんにしたい意向があった」(古参の阪神担当記者)
球団最速優勝を果たしたことで「星野監督へのリベンジ」も成し遂げたわけだ。
2010年には当時パ・リーグのお荷物球団だったオリックスの監督に就任。3年契約の満了を迎えた2012年シーズン、最後まで指揮を執ることを要請したオリックスが、残り9試合で突然解任通告した。この時、「契約だから別に、普通にゲームをやる気できたからな」と、試合開始1時間前に1人車を運転して球場を後にしている。
野球人・岡田彰布は「まだ先(日本シリーズ)があるから」と、そのリベンジの最後の締めとなる日本シリーズでのオリックス撃破、38年ぶりの日本一というシナリオを当然のごとく描いている。
(小田龍司)
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