芸能
Posted on 2011年12月07日 12:00

追悼立川談志「反骨の美学」と「喧嘩人生」(2) 「30年間で一度だけホメられた」

2011年12月07日 12:00

 さらに、談志の人生を語るうえで大きな“転機”となったのは、立川流の創設だった。真打昇進制度を巡って、師匠で人間国宝の五代目柳家小さんと決別。83年に落語協会を脱退し、立川流を立ち上げた。定席(常設されている寄席)を持たない立川流は、そのハンデをものともせず、積極的に落語会を開催。さらには、有名人にも門戸を開放し、立川門下として、その存在をアピールすることに成功した。しかも、落語界からは「弟子が育たないのではないか?」と疑問の声も上がった。だが、今になってみれば、「名人」とも言われる弟子が次々現れている現状は、談志の師匠としての名伯楽ぶりもかいま見えるのだ。
 立川談遊の名前もある山本晋也監督が“師匠”談志との思い出を語る。
「僕が三十数年つきあった中で、ホメてくれたことは1度だけ。かつてハワイの真珠湾にご一緒した時、師匠は麦ワラ帽子に短パン、草履というスタイルで訪れたの。でも、周囲はみんなちゃんとした格好をしている。アメリカ軍の遺族たちが、墓参りしている。そこに日本人が観光気分であんな服でノコノコ行ったら『何だ、あのジャップのイエロー・モンキーは』という表情で僕と師匠を見ながら、『私たちはパールハーバーを忘れちゃいないわよ』みたいなことを言われた。そこで、師匠が僕のこと蹴飛ばして、『晋也、この野郎、何か言い返せ』。しょうがないから、思いついた言葉『ノーモア・ヒロシマ』ってでっかい声で言ったの。そうしたら、シーンとしちゃって。おばあちゃんが悲しい顔で『おー、お互いに不幸だったよね。戦争というのは』ってハグしてくれて。その直後に、師匠が初めて僕の肩を抱いてくれて、『おめー、アメ公にいいギャグ飛ばすじゃねぇか』って。今でも忘れられません」
 弟子に限らず、談志は、見どころのある人間には、手を差し伸べることも惜しまなかった。
 前出・毒蝮氏があとを引き取って言う。
「彼にはホントに、勉強させてもらいましたよ。芸人は、売れなきゃ芸人じゃないんだよね。だから『早く食えるようになれ』ってあいつはよく言ってたよ。俺が仕事があるなんて言うと凄く喜ぶんだよね。『(芸名を)毒蝮になれ。もし売れなかったら月に20万保証するよ』なんて言ったやつだからね。あいつは俺の名付け親だし、俺のプロデューサーですよ。あいつは人を快適にすることよりも、人を改良することがうまいよね。快適にはなかなかさせないよ。言いたいこと言うから(笑)」

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    社会
    2026年01月14日 07:30

    昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    社会
    2026年01月19日 07:30

    鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    社会
    2026年01月22日 07:30

    今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/2/17発売
    ■550円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク