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記事全文を読む→「あたしは7番目の愛人だったのよ」女優をトリコにした火野正平の不思議なモテ術/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
腰痛の悪化によって「春の旅のロケを中止した」とNHKが発表したのは、BSで放送中の「にっぽん縦断こころ旅」だった。4月30日のことである。誰の腰が悪いのかといえば、出演者の火野正平である。
視聴者から寄せられた手紙に書かれた「こころの風景」を、火野が自転車で訪ねるというものだが、坂道をハアハア、ゼイゼイと息を切らしながら自転車のペダルを漕ぐ。時折、信号待ちで「おっ、べっぴんさんだ」などとつい口をついて出る。いまだ「オトコ」を放つ火野の魅力をフィーチャーした、2011年から続く人気番組だ。
ご存じ、火野といえば、昭和の時代に「握手しただけで妊娠する」と言われた、芸能界きってのプレイボーイ。妻と2人の子供がいたのだが、1972年に別居。以降は新藤恵美に始まり、小鹿みき、紀比呂子、ホーン・ユキ、リリィ、望月真理子、西川峰子(現・仁支川)と浮き名を流し、当時の芸能マスコミ、特にテレビのワイドショースタッフからは「視聴率の神様」として崇められる存在だった。筆者も幾度となく、火野に話を聞きに行ったものである。
その後、宝塚出身の鳳蘭の女性マネージャーと事実婚。二女をもうけたが、いったいどうしてそんなにモテるのか。往年の芸能記者は、その理由をこう語っていたものだ。
「以前、愛人だった女性を取材した際、彼女が言うんですよ。『気が付いたら横にいたのよねぇ』と。火野の場合、偉そうに演劇論を語るわけでも、真剣に口説くわけでもない。本当に少年がそのまま大人になったようだ、と。だから、別れても憎まれない。以前、仁支川がテレビで『あたしは35年前、火野ちゃんの7番目の愛人だったのよ。いい人だったわよ』と告白していましたが、おそらく多くの女性がそう思っていたんじゃないですかね」
そんな火野が久々に記者会見に臨んだのは、昨年1月26日だった。14年ぶりに発売するCDと、それに伴うライブツアーの告知会見だった。詰めかけた報道陣の数に驚いた火野は言った。
「よく来たな、みんな。スキャンダルとかもう知らない時代かもしれないけど、こういうの苦手なんだよ。歌を出すことになり、ライブをやることになり、誰も知らないといけないから伝えてください」
案の定「今でもプレイボーイなのでしょうか」という質問が出たものの、
「あのな、いろいろと反省しているんだよ! 分別、常識、理性で活動している。30年前のスキャンダル…(最近)僕は(謝ることは)何もしていません! (芸能リポーターの)梨元(勝)さんとかいないの? みんな死んじゃったな、ざまーみろ!」
例の口調でそうつぶやくと、会場を沸かせたのだった。
かつて玉置浩二が「平成の火野正平」と称された際には、
「俺はまだ生きている。平成の火野正平は俺でしょう!」
と言ったというエピソードが残る火野だけに、一日も早く腰痛を完治させ「さすが令和の~」と呼ばれるよう、「様々な活躍」を期待したい。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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