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記事全文を読む→浅田真央 母が残した「娘への遺言」(1)娘には好きなことをやらせたい
最愛の母・匡子(きょうこ)さんが急逝。その悲しみをこらえて、浅田真央は12月23日からの全日本フィギュア選手権でリンクに立つ。実は、本誌記者は匡子さんとは家族ぐるみで6年来の親交があった。追悼の意を込め、生前に語っていた娘に託した思いの数々をあらためて振り返る。
それは突然の訃報だった。12月9日、肝硬変のため、浅田真央(21)の実母である匡きょう子こさんが急逝したのである。享年48。あまりにも早すぎる死だった。「一卵性親子」と言われたほど、真央を溺愛し、世界一のフィギュアスケート選手に育て上げた。しかし、匡子さん本人が表に出てくることはなかった。その陰には、全身全霊をかけて、2人の娘に愛情を注いできた母親の姿がかいま見える。
「娘たちには事あるごとに言ってきたの。世の中には、好きなことをやれる子ばかりじゃないと。勉強との両立はもちろん、家庭の事情で自分でお金を稼がなきゃいけない子も、病気やケガで思うように動けない子もいる。だから、スケートができることを当たり前に思っちゃいけないって」
5歳から姉・舞の影響で、スケートを始めた真央は、名門・名東フィギュアスケートクラブに入会。匡子さんは、真央が厳しいスケートの練習にくじけそうな時は、できるかぎりの言葉を尽くして、励ましていたという。
匡子さんにとって「家族」とはかけがえのない存在だった。それだけに、時には激しい言葉も口をつくことがあった。それには匡子さんの家庭環境が大きく関係していたという。
ある時には、こんな話をしたこともあった。
「私自身が、12歳の時に父を亡くし、20歳の時に母を亡くして、姉と2人で苦労したから。その分、娘たちには好きなことをやらせてあげたいという気持ちが強いのかもしれない」
だが、真央が活躍するにつれ、一流アスリートを育てた母親に対する関心も高まっていった。さながら、「ステージママ」のように報じられることもあったが、そういった報道も一笑に付していた。
「マスコミに『浅田の母親はショーママ』だとか、『子離れできない』って書かれるけど、おもしろいよね。まったく表に出たくないし、出てないのに。先生にお任せしているけど、力のある先生は何人も選手を掛け持ちしてるから、不在の時は私が見るしかないじゃない。だって今までずっと見てきたんだもの。子離れできないって、じゃあ誰が送り迎えして、誰が食事を作るのよ(笑)」
いつも、ユーモアがあって、最後にはこちらを笑わせてくれる。そんなアッケラカンとした一面に、家族も何度となく救われたに違いない。
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