エンタメ
Posted on 2026年05月25日 06:45

「バツ2」で織田信長に嫁いできた濃姫の「謎に包まれた死亡」ミステリアス人生

2026年05月25日 06:45

 あの織田信長の正妻・濃姫がバツ2で嫁いできた、との説があるのを知っているだろうか。本名は帰蝶。胡蝶とも伝わっているが、通常は濃姫または鷺山殿と呼ばれていた。
 濃姫の父親は「美濃のマムシ」こと斎藤道三、母は正室の小見の方で、天文4年(1535年)生まれらしい。

 彼女は計3回も結婚している。最初はなんと10歳の頃、美濃の守護大名である土岐一族の土岐頼香に嫁いだ。ところが父・道三が自刃(暗殺説)に追い込んだ。
 わずか10歳で未亡人になったが、その2年後には頼香の甥にあたる頼純に嫁いでいる。頼純は結婚の翌年に、19歳で急死。これも父・道三の毒殺や暗殺説が根強い。

 まさに父に翻弄され、道具にされたような人生だが、まだまだこれだけではなかった。
 天文18年(1549年)、美濃と尾張の和睦に際し、今度は信長の正妻になっている。15歳の時だったという。この頃の信長は「大うつけ(馬鹿者)」と呼ばれていた時代で、戦国時代の習いとはいえ、そんな男と3度目の結婚を命じられたのである。
 しかも道三から「信長が噂通りの大うつけなら、これで刺し殺せ」と短刀を持たされたというから、15歳の少女の胸中はどうだったのだろうか。

天下統一に向かう過程で歴史の表舞台から姿を消していった

 信長の正妻でありながら、濃姫ほど謎に包まれた女性は少ない。信長が天下統一に向かう過程で、どんどん歴史の表舞台から姿を消し、いつ死亡したかも確かな資料が残されていない。48歳の時、天正10年(1582年)の本能寺の変で夫・信長とともに戦い、薙刀を手に取り、戦死したとの説がある。
 その一方、20代から30代にかけて病死した、とも。

 あるいは本能寺の変の後も生き、江戸時代の慶長17年(1612年)に天寿をまっとうしたとの資料もあり、所説は様々だ。三度の政略結婚、三度の死別、そしてミステリアスな人生は、実に興味深い。

(道嶋慶)

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2026年06月07日 08:00

    ピン芸人の中山功太がバラエティー番組の収録中に語った「10年間ぐらいずっといじめられた先輩がいる」と告白してからしばらくが経つが、あの騒動が芸人の間で「ひとごとではない」として波紋が広がり続けているという。問題の「先輩」とされるサバンナ・高...

    記事全文を読む→
    政治
    2026年08月19日 21:00

    「激ヤセ」は芸能人によくある現象だが、北朝鮮でも大いに関心を集めている有名人がいる。金正恩総書記の娘、ジュエ氏だ。朝鮮中央通信は8月17日、金総書記が前日に平壌で行われた祖国解放81周年記念のサーカス公演や、水泳・飛び込み競技を観覧したと報...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    芸能
    2026年08月24日 13:45

    もともとドラマウォッチャーとして知られる歌手・大塚愛が、8月23日放送のドラマ「VIVANT」(TBS系)に登場した。わずか20秒程度だったが、主演・堺雅人とのツーショット共演。しかも、事前告知なしだった。TBS関係者が言う。「普通なら局側...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/8/18発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク