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記事全文を読む→「バツ2」で織田信長に嫁いできた濃姫の「謎に包まれた死亡」ミステリアス人生
あの織田信長の正妻・濃姫がバツ2で嫁いできた、との説があるのを知っているだろうか。本名は帰蝶。胡蝶とも伝わっているが、通常は濃姫または鷺山殿と呼ばれていた。
濃姫の父親は「美濃のマムシ」こと斎藤道三、母は正室の小見の方で、天文4年(1535年)生まれらしい。
彼女は計3回も結婚している。最初はなんと10歳の頃、美濃の守護大名である土岐一族の土岐頼香に嫁いだ。ところが父・道三が自刃(暗殺説)に追い込んだ。
わずか10歳で未亡人になったが、その2年後には頼香の甥にあたる頼純に嫁いでいる。頼純は結婚の翌年に、19歳で急死。これも父・道三の毒殺や暗殺説が根強い。
まさに父に翻弄され、道具にされたような人生だが、まだまだこれだけではなかった。
天文18年(1549年)、美濃と尾張の和睦に際し、今度は信長の正妻になっている。15歳の時だったという。この頃の信長は「大うつけ(馬鹿者)」と呼ばれていた時代で、戦国時代の習いとはいえ、そんな男と3度目の結婚を命じられたのである。
しかも道三から「信長が噂通りの大うつけなら、これで刺し殺せ」と短刀を持たされたというから、15歳の少女の胸中はどうだったのだろうか。
天下統一に向かう過程で歴史の表舞台から姿を消していった
信長の正妻でありながら、濃姫ほど謎に包まれた女性は少ない。信長が天下統一に向かう過程で、どんどん歴史の表舞台から姿を消し、いつ死亡したかも確かな資料が残されていない。48歳の時、天正10年(1582年)の本能寺の変で夫・信長とともに戦い、薙刀を手に取り、戦死したとの説がある。
その一方、20代から30代にかけて病死した、とも。
あるいは本能寺の変の後も生き、江戸時代の慶長17年(1612年)に天寿をまっとうしたとの資料もあり、所説は様々だ。三度の政略結婚、三度の死別、そしてミステリアスな人生は、実に興味深い。
(道嶋慶)
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