エンタメ
Posted on 2026年01月01日 11:00

【戦国時代の正月】元日に単騎で敵陣突入⇒討ち死にした「織田信長お気に入りの武将」無謀な戦い

2026年01月01日 11:00

 合戦が多かった戦国時代でも、正月ともなれば様々な儀式があるため、一時休戦して祝うことが多かった。ところが、そんなめでたい時に単騎で敵陣に乗り込もうとして討ち死にした、ある意味、おめでたいと呼ばれても仕方がない武将がいる。永禄3年(1560年)、下野国の戦国大名・佐野昌綱の嫡男として誕生した、佐野宗綱である。

 実際の宗綱は優秀な武将だった。大永7年(1527年)に父親が亡くなると、15歳で家督を継いだ。井上主水ら先代から仕える家臣団の協力の下、あの上杉謙信にたびたび攻め入られるが、堅城・唐沢山城と自身の知略をもって、何度も撃退している。

 宗綱には先見の明があった。当時の関東ではあまりメジャーな武器でない鉄砲の普及に力を注いだというから、並の武将ではない。
 そんな宗綱を織田信長が気に入ったのだろう。天正4年(1576年)には信長の推挙によって、但馬守に叙任されている。

 だが信長の死後、宗綱は領国の運営に苦労することになる。北条氏とは再三に及ぶ戦闘を展開し、天正12年(1584年)、北条方であった富岡秀高の小泉城を攻撃して、沼尻の合戦が勃発する。
 さらにその後、長尾顕長との戦いに発展。この戦いでは「下野の虎」の異名を取る宗綱の連戦連勝だったというが、これがいけなかったのかもしれない。

 翌天正13年(1585年)元日のことだ。長尾顕長と彦間で戦った際に、敵将の挑発に乗った。そして無謀にも、単騎で敵陣へと突撃。よほど自信があったのだろう。あるいは正月ということで多少、酔っていたのか。皮肉なもので、自ら普及に努めていた鉄砲に狙われたのだ。
 当時の鉄砲は命中精度が低かったのだろうが、単身では相手は狙うのが簡単だった。弾は命中し、宗綱は落馬したところを討ち取られてしまったという。デキる男は往々にして、己の力を過信するものなのか…。

 宗綱の死後、佐野は一時没落したというから、一族にとって元日はおめでたい日ではないかもしれない。

(道嶋慶)

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    社会
    2026年01月14日 07:30

    昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    社会
    2026年01月19日 07:30

    鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    社会
    2026年01月22日 07:30

    今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/2/3発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク