連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→【発掘取材メモ】事務所に行くとインタビューを拒否され…夫婦デュオ「ヒデとロザンナ」にまつわる「ベンツ送迎とバッシング記事」
「ヒデとロザンナ」は1960年代末から80年代にかけ、一世を風靡した異色のデュオだった。出門ヒデとイタリア人女性のロザンナのコンビで、デビュー曲「愛の奇跡」や「愛は傷つきやすく」などが大ヒット。1972年に結婚し、夫婦デュオとなった。
筆者は1983年にヒデの取材をしたことがある。テレビ番組出演に関連したもので、ヒデひとりだけの取材となった。場所はテレビ番組収録があった、東京都内のスタジオ。
取材を終えて筆者がスタジオを出ると、車に乗ったヒデと出くわした。ヒデは車の窓を開けて「乗っていきなよ。駅まで送るよ」と声をかけてきた。人生で初めてベンツに乗った。革張りのシートには感動したものだ。
その後、会う機会はなかったがガンのため、1990年に47歳の若さで死去したことにはショックを受けたものだ。
ヒデの死去から13年、ロザンナを取材する機会があった。彼女が料理の本を出したということで、イタリア料理について話を聞くことになっていた。ところが…。
筆者が事務所を訪れるとロザンナがいて、「話したくない」と言って顔を伏せた。理由を聞くと、筆者が所属する媒体が、ヒデとロザンナをバッシングする記事を書いたというのだ。直前まで筆者の媒体名が伝わっていなかったようで、事務所スタッフが「今回は料理の話を聞くだけだから」となだめてもダメだった。
バッシング記事の件は知らなかったものの、困った筆者はロザンナに謝罪した上で、20年前の話をした。ヒデの愛車ベンツで送ってもらった時のことだ。時間にして十数分だったが、この時の車内のやり取りは思い出深い。
ヒデは「君は新人さん?」と聞いてきた。筆者が「ハイ」と答えると「まあ、新人の時はいろいろ大変だよな。でも慣れれば大丈夫。頑張れっていい記者さんになってよ」と励ましてくれたのだ。芸能人に怒られたことは何度もあるが、励まされたのは後にも先にもこの時だけだった。
「ヒデさんの言葉はとても励みになりました」と言うと、ロザンナはちょっと笑顔を見せ、取材に応じてくれた。最終的には上機嫌になっていた。
あやうくキャセルになりそうだったが、20年前のヒデが助けてくれたような気がしたのである。
(升田幸一)
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→
