連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→あの素晴らしい「昭和大ヒット曲」をもう一度(1)ロザンナ「愛の奇跡」
男女デュオの先駆けでデビューした「ヒデとロザンナ」は、イタリア出身のロザンナ(68)の美貌も光った。亡き夫・ヒデ(享年47)との思い出は、いつまでも色あせないまま‥‥。
──デビュー曲「愛の奇跡」の発売が68年10月ですから、半世紀がたったことになりますね。
ロザンナ そうか、もうそんなになるのか。前の年に来て、まだ日本語も何もわからない18歳だったよ。
──間奏で「アモーレ、アモーレミオ」と叫ぶセリフも流行しました。
ロザンナ あれはレコーディングが始まってからのヒデのアイデアで、あまりイタリア語っぽくなく入れてくれと。すごく恥ずかしかったよ、好きな人の前で「アモーレ」と叫ぶんだから。
──あっ、デビューの段階で、すでに恋心が?
ロザンナ バンドの人とか年齢がすごく離れているでしょ? 唯一、近かったのがヒデだったし、会った瞬間に「この人だ!」と。寄り添える人だと思いました。
──いい話です。結婚はそこから7年後の75年ですが、どういう間柄でした?
ロザンナ 恋人であり、仕事上の相棒であり、時には邪魔者であったり(笑)。
──邪魔者とは?
ロザンナ 彼は仕事が終わると一人でどこか遊びに行きたい人だったから。監視しとかないとね(笑)。
──なるほど。さて5枚目のシングル「愛は傷つきやすく」(70年5月)は、初のチャート1位に輝く大ヒットに。
ロザンナ 5作目でもまだ日本語がよくわかっていないの。歌い出しの「自由に」は、ジェニーって女の子の名前かと思ったくらいだから(笑)。でも、これがなかったらデビュー曲だけのヒットに終わって、日本にはいられなかったかもしれない。
──感謝の一曲ということですね。
ロザンナ うん、中村泰士先生のいいメロディに出会ったと思う。
──紅白歌合戦にも2度の出場を決めましたが。
ロザンナ 私たちは白組での出場だったの。楽屋は男性ばかりだけど、そっちのほうがラクだったかな。だって、女性ばかりの楽屋だと、話しかけられても何のことかわからないもの。
──歌謡曲の全盛期だけに、女同士だと独特の緊張感がありそうですね。さて、おしどり夫婦と呼ばれながら、夫・ヒデは90年に47歳の若さで他界。
ロザンナ 3人いる子供のいちばん下の子はまだ9歳。お金もなかったし、目の前真っ暗でどうしようかと思ったよ。
──あれだけ売れていたのに、あまり蓄えがなかったとは意外ですが。
ロザンナ ヒデは歌を作ったりすることにお金をつぎ込む人だったから。それで一度、イタリアに帰ったんだけど、子供たちが日本に戻りたいと言うのね。それで戻って、ありがたいことに「モーニングショー」(テレビ朝日系)でイタリア料理のコーナーを持たせてもらったの。今は狩人の加藤高道さんをパートナーに、また歌う機会をいただき、なんとかやっていけてるよ。
──ご主人が亡くなってから29年もたちました。
ロザンナ 一緒に過ごした日々より、亡くなってからのほうが長くなっちゃったね。孫も全部で7人になったし、今も見守ってくれているよ。
──それは「愛の“軌跡”」ですね。
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

